ある日、toolboxの設計施工チーム、ツールボックス工事班ことTBKのメンバーから見せられた一枚の図面。「今、こんな家つくってるんです」。約42㎡、単身である施主の希望はワンルーム。この面積でひとり暮らしなら、ありえる間取りでしょう。
だけどその図面をよく見ると、ん?バスタブのまわりに壁がない……?洗面台はどこ?収納これだけ?ベッドどこ置くの??トイレにドアがない???「要らないんだって」。「なにそれ面白い」そう言ったのを覚えています。
この家の主は30代のマリコさん。「物心ついた頃から自分の理想の家を考えるようになって、ついにそれが実現できた」と話すマリコさんの、人生の夢を叶えたマイホームでの暮らしを拝見してきました。
「嫌なこと」を見極めて「自分に合うもの」をあぶり出す
「これまでに暮らしてきた家で、“嫌だな”、“自分に合わないな”と思ったことを、取り除いてできたのがこの空間。閉じた部屋や収納があると見えないのをいいことに物をぐちゃぐちゃに詰め込んでしまうし、寝室があるとそこに篭ってLDKに出ていかなくなるし、家具のレイアウトもしょっちゅう変えたくなる。だから私には仕切りのないワンルームがいいんだなと思ったんです」
バス、キッチン、リビングがワンルームに共存している、マリコさんの家。バススペースは、ガラス壁やカーテンの仕切りもなく、完全にフルオープン。バスタブの目前には、ステンレスのキッチンとテーブルをドンと配置。大好きな宝塚歌劇を映写するためのスクリーンにしている布の奥には、約半帖の収納スペース(雀卓用)と、換気扇付きの猫トイレスペースがあります。
「湯船に浸かるのは好きなのに、浴室も脱衣所も、狭くて湿気がこもって息苦しいのが嫌だったんです。だからいつもシャワーだけで済ませて、脱衣所ではなく部屋で体を拭いたりしていて。だったら脱衣所は要らないし、浴室も壁で囲まなければいいんだと思って」
壁で仕切らないお風呂の実現にあたっては、そうしたお風呂があるホテルに実際に泊まり、使い心地を確かめてみたと言います。
「金沢にある香林居というホテルです。壁で囲まれていないお風呂を体験してみたら、すごく気持ち良くて。部屋に湿気がこもらないかが気になっていたんですが、意外と平気だったので、お風呂を仕切らない決意ができました」
ホーロー製のバスタブは、予算の都合で入居後に施主手配。120kgの巨大な割れ物を搬入するのは大変でしたが、屈強な同僚や後輩たちのおかげで無事に設置できたそう。
キッチンは『角パイプフレーム脚』に『オーダーキッチン天板』を載せて造作。並べて置いたテーブルも同じアイテムで作りました。
「キッチンのシンクは洗面や猫の水飲み場としても使うので、大きめにしました。洗面所をつくらなかったのは、洗面器の掃除が面倒だったから。洗顔も歯磨きも炊事も、私の場合はシンクひとつで事足りると思ったんです」
そしてフロアの余白に置かれているのは、ソファでもベッドでもなく、麻雀卓。麻雀は大学生の時に出会って以来の趣味で、月2回ほどのペースで仲間と麻雀卓を囲んでいるそう。
ラワン合板の壁で仕切られた先には、玄関とトイレがあります。本当はトイレも居室側にオープンに配置したかったそうですが、「それだとさすがに遊びに来た麻雀仲間や友人が使いにくい」と考えて、玄関側に配置して居室と仕切ることに。
間のドアには玄関側から閉められる鍵がついており、「玄関とトイレは仕切られていないけど、居室側から見れば玄関ごとトイレになります」とマリコさん。確かに……!
玄関側にはランドリースペースもあり、衣服は全てここに収納しています。ランドリースペースは、玄関側と居室側の二方向から出入りできるようになっていて、猫のいない空間で服を着替えられるというメリットが。また、人の目が届かない空間をつくると物を詰め込んでごちゃごちゃにしてしまう自分への“戒め”として、玄関側の出入り口は建具をつけず閉じない仕様に。自分の癖の裏を読んだ収納計画になっています。
長年の研究と検証を重ねて辿り着いた、理想の間取り
「以前は常に何かにイライラしながら暮らしていたけど、自分の理想の間取りでの暮らしは、すごく快適。毎日幸せを感じています」
お風呂に壁なし、洗面所も脱衣所もなし、トイレもドアなし。奇抜に見えるかもしれないけれど、マリコさんにとってはこの形が最適解。このマンションを買うずっと前から、「自分に合う理想の空間」を考え続けてきたと言います。
「物心ついたころから自分の理想の暮らしを想像するのが好きで、人形遊びをすれば家づくりのほうに夢中になるし、理想の街を考えるのも好きでした。いつか自分の家をつくりたいという気持ちはずっと昔から抱いていて、人生の目的とも言えるぐらい、絶対に叶えたいことでした」
転勤族の家庭に生まれ、小さな頃から国内外のいろいろな家に住んできたというマリコさん。親元を離れてひとり暮らしを始めてからも含めると、32歳の現在までに経験した引越しは15回超!
「将来の家づくりのために、その時その時住んだ家で嫌だと思ったことや、自分の生活動作を、ずっと記録してきたんです。収納に扉がついていると開けるのが面倒で床に置いちゃうんだなとか、閉塞的な空間が苦手だとか、動線が長いから洗濯作業が面倒なんだな、とか。そうやって家と自分を研究してきて、自分に合わないものを排除する形を考えていったら、行き着いたのがこの間取りでした」
ベッドを置いていないのも、長年の試行錯誤を経てわかった「ベッドの上だけで怠惰な生活を送ってしまう」「位置を変えたくなった時に動かしにくい」という、自身の生活を研究した結果から導かれたもの。油を使う料理はしないから、レンジフードはなくていい。照明はスマートスピーカーで操作するから、壁にスイッチは要らない。この家には「普通あるもの」がないけれど、それにはすべてマリコさんの実感をもとにした理由があるんです。
物件探しの際は、自分で考えた理想の間取りにリノベーションできるかどうか照らし合わせながら検討。職場と宝塚の劇場から2キロ以内の立地にあることを条件にエリアを絞り込み、そのエリアにある予算内の物件はほぼすべて内覧したそう。
「この家は旧法賃借権物件、いわゆる借地権付き物件で、価格が安かったことも決め手になりました。借地権の存続期間が長い旧法賃借権だし、そもそも所有や資産形成が目的ではなく、理想の空間をつくることが目的だったので、所有権じゃないことは気になりませんでした」
壁も床も仕上げなしでいいけど、コンセントは40口以上欲しい
「理想の間取り」と「理想のハコ」を見つけたマリコさんが、それを実体にするためのパートナーにtoolboxのTBKを選んだのは、『東京R不動産』がきっかけ。東京R不動産は、駅からの距離や面積、部屋数という条件からではなく、「倉庫っぽい」「レトロな味わい」など、個性ある物件を独自の視点でセレクトして紹介しているサイトです。昔から東京R不動産をよく見ていたというマリコさんは、その兄弟グループであるtoolboxなら、自分が叶えたい家を理解してくれそうだと思ったと言います。
「ギリギリの予算の中、TBKは、既存の床を壊さず増し貼りにしたり、既存の浴室乾燥機をランドリールームに移設して使ったり、ダクトも既存を再利用するなど、コストを落とす工夫をしてくれました。おかげで、トイレやバスタブなども、妥協せずに希望していたものを使うことができました。限られた期間の中、私の細かい要望に根気強く付き合ってくれたTBKには、ものすごく感謝しています」
そうして出来上がったマリコさんの家。床に増し貼りしたのは素地のラワン合板、壁も素地のラワン合板とコンクリート躯体現しという、“仕上がっていない”状態で引渡しされましたが、それもマリコさんの意向から。
「壁は自分でも塗れるし、床仕上げも後から貼ればいいから、やりたくなったら変えるつもりでこうしました。予算は限られていたし、自分に合わない動線が一番のストレスだったので、今回は理想の間取りをつくることを最優先したんです。本当は床も壁も真っ白なホワイトキューブみたいな空間が好みなんですが、今はこの間取りでの暮らしに満たされすぎていて、仕上げについては全然気になりません」
パーツや設備機器も、マリコさんらしい視点でセレクトされています。キッチンの水栓は、濡れた手でレバーを操作して天板に水が垂れるのが嫌で、吐水口のヘッド部分でプッシュ操作できるものをドイツから取り寄せ。バスタブは汚れが落ちやすいホーロー製で、バスタブ下の床も水で洗い流せる置き型に。“掃除の手間がかからない”ことに重点を置いたラインナップになっています。
そのほかにマリコさんがこだわったのは、電気配線。壁にスイッチは付けなかったけれど、42㎡ワンルームの住まいにコンセントは13箇所、40口以上あるんです。
「家電の数が多いので、コンセントまわりがタコ足だらけになるのが嫌だったんです。電線は普通だとモールや電線管の中に通しますが、後からもコンセントを追加できるよう、電線を剥き出しにしてもらいました。その工事も自分でできたら早いなと思って、電気工事士の資格も取ったんです」
塗装や床貼りのDIYだけでなく、電気工事のDIYまで想定しているとは……!
今回のリノベーションでマリコさんがつくったのは「暮らしのベース」。自分だけではつくれないもの、簡単には変えられない部分はプロの力を借りてしっかりつくり、後からでもつくれるものや変わる可能性がある要素は、柔軟な状態にしておく。限られた期間と予算の中で家づくりを行う時に、持っていたい視点です。
「お風呂の壁も洗面脱衣所も、スイッチも仕上げもないけど、“なければいけない”という感覚はありませんでした。“家とはこういうもの”に自分を合わせて暮らすことが、私には難しかった。だから、家を自分に合わせることにしたんです」
確かに、世の中の多くの家は、“家とはこういうもの”という考えをベースにつくられているけれど、実際の生活スタイルは人によってさまざま。例えば、メイクを洗面所でしない人もいるでしょうし、料理をしないからキッチンに収納はいらないという人だっているでしょう。“家とはこういうもの”と“自分の暮らし”との間には、大なり小なりギャップがあると思うんです。そうしたギャップに気づくことが、自分らしい空間づくりの一歩なのかもしれません。
理想の建築は「パノプティコン」。すべてを一望しながら効率的に暮らしたい
「嫌なもの」や「合わないもの」を排除するだけでなく、この家にはマリコさんが自分を研究し続ける中で見つけた、「自分が好きなもの」も反映されています。
「看守塔から監房の一望監視ができる、刑務所のために考え出されたパノプティコンという建築様式があるんですが、昔から理想の家や街を考えるとそういう形になることが多くて。隠されているところがなくて、極端なぐらい効率性が重視されていて、ものごとが制御されている。そんな環境や仕組みにすごく惹かれるんです」
キッチン背面に置いたステンレスユニットシェルフも、そんなマリコさんの志向の現れ。ここには衣服と洗濯用品以外の日用品が収まっていて、自分の所持品すべてが一望できるようになっています。
「この家に暮らし始めて、置くものにより一層気を遣うようになりました。扉付きの収納だと“どうせ見えないから”と、安いプラ製品を選んでしまいがちだけど、この家は全部丸見えだから、見た目や質にもこだわり甲斐がある。とはいえ、ブランドものやデザイナーズものにこだわっているわけではないし、100均で“使えるもの”を探すのも大好き。見ていて嫌じゃないものを置いていたいんです」
そんなマリコさんのお気に入りの居場所は、シェルフ前のテーブル。キャスター付きの椅子に座れば、キッチン側にさっと移動できて、くるっと回れば背面側のシェルフの物の出し入れもできます。スクリーンに映し出した宝塚の歌劇も真正面で楽しむことができ、ここから部屋を見渡しては、幸福感に浸っているそう。
“家とはこういうもの”に捉われず、自分ただひとりの生活と行動に合わせてテーラーメイドされた空間をつくる。それが、マリコさんが家づくりで叶えたかったこと。取材中、「今の生活がすごく幸せ」と繰り返していたマリコさん。自分の性格、行動、癖、好み。とことん自分に向き合って考え尽くしてきたからこそ辿り着いた、自分だけのユートピアです。
「ただ、ここまで自分の行動に合わせてつくっても、人が来ない期間が続くと、すぐその辺に物を置いて散らかしてしまうんです。人が来るとなると片付けるので、定期的に人を呼んで麻雀をすることも、私の理想の暮らしの維持に欠かせないことみたい」
マリコさんの「理想の暮らし」の追究は、まだまだ続いていきそうです。
こちらの事例の詳細は、imageboxでもご確認いただけます。
ツールボックス工事班|TBK
toolboxの設計施工チーム。
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