すべてを最初につくり込むのではなく、その時々の暮らしに合わせて、住みながら少しずつ空間に手を加えていく。そうした家づくりの考え方を、toolboxでは「アフターリフォーム」と呼んでいます。今回お話を聞いた星野晃範さんは、そんなアフターリフォームな家づくりの実践者。妻と10歳の長女、5歳の次男と暮らす星野さんが、マンションを買ったのは10年前の2014年。購入時に第1期リノベーションを施しつつ、その後も第2期、第3期と、改装を重ねて暮らしています。どうして住みながら手を加えていく家づくりを選んだのか、どんな改装を加えてきたのか、お話を聞いてきました。

「その時」が来たらつくればいいから、「今」必要な空間にリノベーション

「マンションを買ったのは、長女がまだ妻のおなかの中にいた時。『これからこの家で子どもと3人で暮らすんだ』と、どんな家にリノベーションするか考え始めたんですが、ちょっと待てよ? 子どもが小さい時と大きくなったらで、ベストな形は変わるよなって。だったら、『その時』が来たら手を加えればよくて、今するリノベーションは最低限でいいじゃないか、と思い至って。最初につくり込みすぎると、将来の暮らし方の可能性を狭めてしまうと思ったんです」

購入を決めた一番のポイントでもあるお気に入りのルーフバルコニーでくつろぐ星野晃範さん。

自分と妻の通勤に無理がない範囲で、広さと予算を両立する物件を探して購入したのは、調布市にある73㎡、4LDKのマンション。60㎡以上あるルーフバルコニーがついていることが決め手になりました。ルーフバルコニーからの眺望は抜群なものの、家の中は小さな部屋で細かく区切られており、ルーフバルコニーとのつながりが乏しい間取りでした。

「せっかく広いルーフバルコニーがあるので、アウトドアリビングとして活用したかった。だから、玄関横はルーフバルコニーに出入りできる土間空間にしました。ここを子ども部屋にする考え方もあると思うけど、すぐには使わずにもの置き部屋になるくらいだったら、広い土間にしておけば、ベビーカーを置いたり、ちょっとした作業場や荷物の仮置き場としても使えるから。LDKはなるべく広くとって、今の気持ちよさを優先しながら、将来のための余白もつくりました」

築30年を迎えていた物件は建築当時の内装・設備機器のままだったので、水まわりの位置も変えてフルリノベーション。星野さんは、設計事務所・ANCHOR DESIGNを営む設計士。マンションを買った当時はリノベーション会社に勤めており、自宅の設計は自身で手掛けました。

4LDKだった空間は、玄関土間と、ウォークインクローゼットと一体になった寝室、LDKという間取りに変更。LDKにはあえて造り付けの収納をつくらず、壁面を残しました。そうすることでスペースの使い方の自由度を高めて、今後の暮らしの変化に備えたのです。

2014年 第1期改装時の星野家

のちのちの変化に備えて、収納は壁に造り付けず、置き家具を使っています。(写真提供:星野晃範)

床はオークの複合フローリング。天井はコンクリート躯体現しにして頭上の開放感を生み出しました。(写真提供:星野晃範)

シンク側を対面にしたⅡ型キッチンはオリジナル造作。ラーチ合板の飾り棚がアクセント。(写真提供:星野晃範)

玄関とひと続きにした土間空間。下地でもあるラーチ合板の壁に気ままに棚や自転車フックを取り付けて。(写真提供:星野晃範)

「キッチンカウンターの棚や土間空間の壁には、ラーチ合板を使いました。石膏ボードを使うと、塗装かクロス貼りの仕上げが発生する分のお金がかかるけど、ラーチ合板だったら貼ってそのままでも仕上げにできる。“家づくりにお金をかけすぎるのもどうなんだろう”という気持ちもあったんですよね。今後も手を加えていくつもりだったから、仕上げもあまり凝っていない、ラフさを感じる空間にしておきたかったんです」

フルリノベーションにかかった費用は、設計料を除いて700万円。10年前と比べて今は建材価格や工事費が高くなっているのであまり参考にならない数字かもしれませんが、素材の工夫のほか、施主支給も多く取り入れてコストダウンを図ったそう。

玄関土間から出入りできるようにしたルーフバルコニーはアウトドアリビングとして大活躍。調布の花火大会の時には大輪の花火を望む特等席に。(写真提供:星野晃範)

「子どものおもちゃどこにしまう?」を発端に第2期改装

広々と確保したLDKは子どもを遊ばせやすく、回遊性のあるⅡ型キッチンも家事をしながら子どもを見守ることができて、星野家の暮らしは順風満帆でした。が、子どもが大きくなってくると事情が変わってきました。

「おもちゃが増えてきて、置くところをどうしよう、となったんです。子どものおもちゃってカラフルじゃないですか。リビングで遊ばせてあげたいけど、リビングをすっきりさせておきたい気持ちもあって。それで、リビングの一角に3畳くらいのキッズブースをつくったんです。長女が3歳の頃です」

2017年 第2期改装時の星野家

ハンモックチェアが吊るしてあったスペースにキッズブースが誕生。(写真提供:星野晃範)

ッズブースを囲む壁は、「壁」と言うより「囲い」という言葉がしっくりくるスケールと素材感。(写真提供:星野晃範)

キッズブースの壁は180cmほどの高さで、上部が抜けているつくり。賑やかな子どものグッズは視界から隠しつつ、声や気配は伝わる距離感で、親子ともに快適になったそう。子どものおもちゃがリビングにある時期は、子どもが小さいうちだけ。おもちゃをしまう収納を造作するのではなく、遊び場ごとブースで囲んでしまうというアイデアは、今後の変化に備えておきたいという考えから生まれたものでした。

「ブースは、角材を組んでつくった下地にラワン合板を貼っただけ。ちゃんとした壁を建てて部屋にしてしまうと、そのまま使っていかなきゃいけなくなる。まだまだ家族の暮らしが変わっていく可能性があったから、“仮設”的なつくりにしました」

この時のブースは知り合いの大工さんに造作を依頼。かかった費用は材料費込みで10万円ほど。半日ほどでつくり上げてくれました。

キッズブースの壁はビスで床に固定しています。「ホームセンターでも手に入る材料だし、DIYでもつくれると思います」と星野さん。(写真提供:星野晃範)

そうして“仮設”のキッズブースの運用を始めて数年後、「家族の暮らしはまだまだ変わる」という星野さんの見込みは当たり、2019年、星野家に第2子である長男が誕生。

「キッズブースがある生活はとても良かったんですが、下の子が生まれたら、今度は邪魔だな、となって(笑)。赤ちゃんのうちは目が届く方がいいし、2人で遊ばせるには狭くて。そもそも仮設的なつくりにしていたので、間単に撤去できました。ちなみに撤去したキッズブースの壁は、近所にある僕の事務所に移設しました」

DIYも取り入れて、収納量アップと寝床確保のための第3期改装

キッズブースを撤去しても、子どものグッズどうする問題は残ったまま。さらに、親子4人になって、家族みんなで就寝していた寝室も少々手狭に……。就学を控えた長女はそろそろ自分の部屋が欲しくなる可能性もあります。そこで星野さんが考えたのは、「ロフト付きのブースをつくる」という改装プラン。天井際まで空間を使うため、キッチンからの視界の広がりを狭めないよう、今回はキッチン横に造作しました。

「将来的に子ども部屋として使えるようにと思って、ロフト付きのブースをつくりました。下はキッズスペースとして使い、ロフトは今のところ僕の就寝場所として使っています。ブースはキッチン側とリビング側の二方向から出入りできるようになっていて、子どもが本格的に個室として使うことになったら、出入り口に扉をつけようと思ってました」

2020年 第3期改装時の星野家

かつてのダイニングにロフト付きブースを造作。

広さは3畳ほど。角材で骨組みをつくって、ラーチ合板を貼って仕上げました。

妻のリクエストで壁に開けた丸窓からも、中の子どもたちの様子を伺えるようになっています。

第3期改装では、4人家族になって増えた生活用品の収納場所を確保するため、キッチンにも手を加えました。キッチンの回遊動線の一部を潰し、『レトロエイジタイル』を貼った壁で囲んでパントリーに。キッチンカウンターの上にも『ラーチの吊り戸棚』を取り付けました。

パントリーを囲む壁の『レトロエイジタイル』は星野さんがDIYで施工。タイルボンドで貼りました。

ダイニングにも、星野さんがデザインして知り合いの家具職人に製作してもらったキャビネットを設置して、収納力アップ。

第3期改装で大工さんにお願いしたのは、ロフト付きブースの造作とパントリーの壁と棚の造作。かかった費用は材料費込みで50万円ほどだったそう。

「タイル貼りやロフト付きブースの塗装はDIYでやりました。DIYを選択したのはコスト削減も目的だったけど、やろうと思えば自分でもできることだから。本当は、塗装は家族みんなでやりたかったんですけど、僕以外誰も乗り気じゃなかったから、一人でやりました(笑)」

上半分は『ベンジャミンムーアペイント』でDIY塗装。グレーの色は自分で複数色を混ぜてつくったそう。

第2期、第3期改装時以外にも、思いついた時にDIYで家に手を加えてきた星野さん。玄関とトイレの壁に貼ったエキゾチックな柄のセメントタイルも自分で貼ったと言います。そんなふうに気ままにアレンジをしてこれたのも、つくり込みすぎない家にしたからこそ。マイホームを自分たちの色に染め上げていく暮らしを楽しんできました。

円モチーフのセメントタイルは、星野さんが設計を手掛けた「新中野の家」で余ったもの。重量があるのでコンクリートボンドで貼っています。トイレの手洗い器は『コンパクト手洗い器』。

家族の暮らし方を探りながら、家をアップデートし続けて10年

「10年前に家を買った時点では、子どもが2人になるとはまったく想定していませんでした。だけど、つくり込みすぎない家にしておいたから、こうして家族が4人になっても暮らしてこれた。妻には“ここがこうなってたらよかったのに”とか言われたりもしましたけど、それは子どもの成長に伴って出てきた要望で、生まれる前にはわからなかったこと。その時、必要な形に調整していける空間にしておいて、良かったなと思います」

10年に渡って家族の変化を受け入れてきた、広々としたLDK。

仕事でお客様の家を考える際も、「それって本当に今、必要?」と問いながら取り組んでいるという星野さん。住む人の暮らし方の可能性を広げる家づくりを提案したいと話します。

「『今はまだ本当に必要かわからないけど、一応つくっておこう』って感じなら、なくてもいいんじゃないかな。必要だと思うものは“その時”が絶対に来るから、その時につくればいい。最初につくっておいても“なかった方が良かったね”ということもあるだろうし、だったら、アレンジできる余白をつくっておいたほうがいいなって。住まい手がアレンジのイメージをしにくいなら、そこも一緒に考えたい。ライフスタイルは変わっていくものだから、それに対応できる家をつくりたいと思っているんです。そういう設計士としての僕の思想を、自分の家で試してみたわけです。実際にやってみて、“やっぱりこういう家づくりっていいよな”と思いました」

設計士として、新築、フルリノベーションのほか、部分リフォームも手掛けている星野さん。

そうやって、暮らしながら空間に手を加えていく“アフターリフォーム”な家づくりを実践して10年。星野家の長女は10歳、長男は5歳になりました。次は、ロフト付きブースを完全個室化するか、玄関土間を個室にするプランを想定していたそうですが、「実は、引っ越すことになったんです」と星野さん。

「そろそろ個室をつくろうかと家族に提案したら、長女が『階段のあるお家で犬を飼いたい』と言い出して。僕はこの家を気に入っているし、最初は『この家でいいじゃん』と抵抗したんですが、だんだん妻も長女寄りになっていって劣勢に(笑)。ちょうど住宅ローン控除が終わったタイミングだったし、長男ももうすぐ就学で、住み替えをするならこのタイミングしかないだろうということもあり、このマンションは売って、戸建て暮らしにシフトチェンジすることにしました」

新居は同じエリアにある、築18年、4LDK+納戸の一戸建て。間口が狭く奥に長い3階建ての建物で、今回は子ども部屋が必須になることから、間取りはあまりいじらず、傷んでいる表層の変更でどこまで空間を変えられるかを試してみるつもりだそう。こちらの新居も、どんな住まいになるのか楽しみです。

「僕の考える空間づくりって、キャンプに似ているかも。そこにある最低限のもので最大限の心地よい空間を考えていくのが好き」と星野さん。

「あらかじめしっかりつくり込んだ家で、与えられた形の中、決められた暮らし方をして。そういう住まい方も正解なのかもしれないけれど、つくり込まれ過ぎていない、住みながら手を加えていける家は、“こんな暮らし方もできるんだ”って発見があるのがいい。なんというか、“生きてる”って実感がもてるんですよね」

家族が増えたり、働き方が変わったり、新しい趣味に出会ったり。人生にはさまざまな変化がつきもの。あらゆるシチュエーションに応える家をあらかじめ用意しておくのは、費用の面でも面積の面でもなかなか難しいことだけど、「暮らしが変わったら、手を加えて変えていけばいい」と思いながら家と付き合っていけたら。星野さん一家のように、暮らしの変化をポジティブに受け入れながら、楽しんでいけるように思います。

ANCHOR DESIGN

東京都調布市を拠点として活動している、星野晃範が主宰する設計事務所。暮らしに合わせて家に手を加えて変えていく「アフターリフォーム」な暮らしを実践したり、ライフスタイルの可能性を広げるつくり込みすぎない家づくりを提案しています。

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テキスト:サトウ