逗子駅からバスで海岸沿いを走ること約30分。お店の多い葉山を通り過ぎ、逗子と横須賀の境界に位置する秋谷エリア。お店のオープン日としてご自宅を開放をしている白倉さんご夫婦を訪ねました。
お話を伺ったのは、陶芸家の白倉えみさんと、植木職人で木工作家でもある祥充さん。
えみさんは28歳の時に会社員を辞めて陶芸を始め、窯を持つために、東京から茅ヶ崎に移住、そして現在の秋谷の家へ。
古民家で暮らし、家の中に仕事場を構え、お店としても開いていく住まい方。これから働き方の変化に伴い、住む場所の選び方や家に求めるものが変わっていく予感のする今。家を中心にした暮らしのヒントが隠されていました。
魅力的な古民家との出会い。手を加えずそのまま暮らす
お二人が暮らす家は、明治12年築という古民家。総床面積147.87㎡という広い家です。
元々は、大工の棟梁が自宅として建て、増築や改装が重ねられた家は、天井が高く、中2階があるなど、不思議な造りをしていました。
この家との運命的な出会いは11年前。以前は、骨董屋として使われていたこの家に、お客として訪れたことがきっかけでした。
えみさんは、昔は茅ヶ崎にあったその骨董屋で出会った棚が忘れられず、棚目当てに店を訪ねたのですが、「ここを出るので、この家に住みませんか」と、店主に声をかけられたのだとか。
突然の申し出に驚きつつも、この家に魅力を感じた白倉さんご夫婦。水回りなども見ていないのに、帰りの車の中で引っ越すことを決断してしまったのだそう。ちょうど作品も増えてきて、当時住んでいた家に、手狭さを感じていたタイミングでの出来事でした。
現代的な設備は、ユニットバスくらいだったこの古民家。
白倉さんご夫婦は、仕事場として、電気窯を設置し作業場を設けた以外、「建具もサッシじゃないのがいい、障子とかふすまもすごくいいじゃない。」と、一切手を加えず、そのままの状態で生活しています。
エアコンなしの室内は、当然ながら暑い日は暑いのですが、開けっぱなしの大きな開口部から家の中を風が通り抜け、北側の庭の緑が目に涼しげ。
冷たいお茶をいただきながら、昔教科書で読んだ「徒然草」の『家の作りやうは、夏をむねとすべし』のフレーズがぼんやり頭に浮かびました。
モノを置くのはマーキング行為
お二人の作品や収集した骨董、雑貨などがのびのびと配置され、独特の雰囲気が漂う空間。すっかりこの家を住みこなしているお二人ですが、住み始めた頃は「かなりひどかったんです」と苦笑い。
障子や襖といった曖昧な「しきり」で部屋が連続していく古民家。壁の少ない空間にモノを配置していくことに、かなり苦戦を強いられたのだとか。
モノを置くという行為は、その空間を自分の空間にしていくこと。動物のマーキングみたいなものかなとお二人は話してくれました。
そこかしこに飾られたお二人の好きなものはこの空間を引き立て、そのままギャラリー兼店舗として、人に見せる空間にもなっています。
お店を持つ夢は、月に1回自宅を開放して叶える
毎月ちょっとだけお店をやってみたい。けれど、制作の時間はしっかり取りたい。考えた末にたどり着いたのが、月に1回、決められた日にだけ自宅を開き、お店にするという方法でした。
ブログにて事前告知をし、毎月第2週の金曜から月曜日までの4日間をオープン日として開放。ギャラリー兼店舗として、自由に作品を見て、気に入ったものはその場で購入することもできます。
時には、他の人とのコラボイベントを開催したり、制作に追われている時などは無理をせずに開催中止。自分たちの暮らしのペースと、制作時間を優先しながら、気ままにお店を開いています。
実は、えみさんには、この広い家でお店をやることで得られていることがもう一つ。
「掃除がすごく苦手」だというえみさんにとって、月1回お客さんがくるというサイクルは、片づけのスイッチを入れるいい機会になっているのだとか。
普通に生活する中で、気張りすぎないからこそできるものづくり
えみさんの作品は、食器や花瓶などの日用品から、人形、オブジェまで多岐に渡ります。
「何を作るか、しっかり決めてから作るんじゃなくて、毎日生活する中で作りたいものが湧いてきたら作っちゃう。たいてい食器をつくる人は、食器をつくるだけなんだけど、私は、こだわりがないからやりたい放題なんです。」
となんとも気持ち良い飾らない回答。
元々は、同じ家具メーカーの新卒同僚として出会った白倉さんご夫婦。その後、えみさんは陶芸に興味を持ち、会社を辞めて、1年間の陶芸修業。
ご自身の結婚式の引き出物として作った蕎麦猪口を、来賓のデザイン会社社長が気に入り、作品を卸すことになるというラッキーなスタートで、30代前半で陶芸の道へ。
「家具メーカーに勤めていた時、自分が思っていたのとは違うものができてくる。それがものすごい量になり、すごい金額で世の中に回っていく。そんな仕事を続けていたらある日、自分が関わった商品がゴミの山になっている夢を見て。これはなんか違うな、と思うようになって」
自分で把握できる量、分かる範囲のお金でやってみよう。お客さんが近いところにいて、納得して買う人が見える。それが自分には向いていると思い、暮らしと仕事がすぐそばにある生活を選んだのです、とえみさんは言います。
いまは50代になったお二人。飾らないお二人の話しを聞いていて、自分に合ったペースで、自分の気持ちに正直に暮らすと、この先、もっと楽しく生きられそうだなぁと勇気をもらいました。
えみさんの作品は、ご近所のお蕎麦屋さんに飾られていたり、茅ヶ崎で人気の熊澤酒造のギャラリーで販売されています。えみさんが志していた、自分のつくったものが自分の手の届く範囲で愛され、心惹かれた人に買われていくものづくりの形が、そこにはありました。
取材中も、ご近所の方がとれたての野菜をおすそ分けしにきてくれたりと、ローカルに根付いた暮らしのよさが垣間見れました。
これまで、都心への通勤がネックで自然豊かな場所への移住を躊躇っていた方も多いのではないでしょうか?実は私もその一人。せっかく海の近くに住み始めたとしても、キレイなサンセットも見れず、毎日疲れて、日もどっぷり暮れた後に帰宅するなら意味がないなと思っていました。
今後リモートワークを取り入れた新しい働き方が見えてくれば、家に求めるものも、その役割や環境づくりも違う選択肢が見えてくるのかもしれません。自分は何を大切に暮らしていきたいのか、まずはそこと向き合って、理想の家のあり方をゆっくり考えていきたいですね。
お二人の暮らし方、作品に惹かれた方、ぜひブログをチェックしてオープン日に訪問を。古民家に流れるゆっくりした時間とえみさんとのお話を楽しんでください。