スペインの"色彩の魔術師"
スペインを代表する鬼才ペドロ・アルモドバル監督。1980年代から現在にいたるまでコンスタンスかつ精力的に新作を発表し続け、どの作品も一定の水準以上という、“間違いない監督”の一人です。脚本や演出の素晴らしさは勿論、彼の作品に特徴的なのは、スペインの強い太陽に負けない色鮮やかな映像美。その映像美を創り出すのに重要な役割を担っているのが、室内装飾です。
アルモドバル自身「室内装飾は多くを語る―そこに住まう人物の社会的地位・嗜好・感性・仕事といった要素をね。そして、物語を語る上で私が選ぶ美意識の表現手段でもある」と言っていますが、彼の映画では常に内装の存在感が際立っており、センスも卓抜しています。次はどんなインテリアの映画を世に送り出してくれるのか…作品そのものは勿論、その内装も毎回楽しみな監督です。
代表作『オール・アバウト・マイ・マザー』
アルモドバルの代表作といえば、1999年にカンヌ国際映画祭監督賞やアカデミー外国語映画賞などの栄冠に輝き、日本でも大ヒットを記録した『オール・アバウト・マイ・マザー』。
交通事故で最愛の一人息子を亡くした失意のシングルマザーが、旅先で息子の死の原因となった大女優・女装の娼婦・私生児を身ごもった修道女・性転換した元夫…など、様々な人々との交流を経て、息子の死を乗り越え、再び力強く生きていこうとする魂の軌跡を描いた感動作です。
この映画でまず印象に残るのは、その壁使い。ミッドセンチュリー調のレトロな柄の壁紙に、花柄のソファを合わせる柄on柄の技。鮮やかな青の色壁の室内に、赤いカーテン&ビビットな赤と緑の照明&フルーツ柄のテーブルクロス&青いラグとソファを配したり。スペインの建物にはよく見られるのですが、アールヌーボー調の装飾的な室内壁画も印象深いです。主人公の息子が生きていた頃の母子の部屋は、凝ったインテリアではありませんが、薄いオレンジの色壁に朱色のソファを合わせるなど、やはり色の組合せが特徴的です。
この作品に登場する人物たちは、いずれも個性とアクの強いキャラクターばかり。個性をぶつけ合いながらも不思議と調和し、互いの魅力を引き出しあう…そんな作中の人間関係を映し出したかのようなインテリアになっています。
近作『抱擁のかけら』
2009年カンヌ国際映画祭でプレミア上映された『抱擁のかけら』は、アルモドバル監督がスペインの宝石ペネロペ・クルスと4度目のタッグを組んだ、究極の愛の物語。1994年に起きたある事件によって最愛の女性と視力を同時に失った映画監督が、14年後、事件の鍵を握る男との再会をきっかけに封印した愛の真実を見出していく姿をミステリアスに描いています。物語の主要登場人物は、ペネロペ・クルス演じる駆け出しの美しい女優、彼女を起用し激しい恋に落ちる新進気鋭の映画監督、そして女優のパトロンの富豪の三人。
若い愛人をつなぎとめようとする富豪は、居宅の改装を提案。19世紀に建てられた広大な邸宅は、20世紀初頭にパリで活躍したインテリアデザイナー、アイリーン・グレイにインスパイアされた華麗なスタイルで彩られます。古典絵画とウォーホール調のモダン絵画が共存し、ドレッシングルームにはフレンチ・デコの化粧台と鍵穴型の赤いチェア…。
女優と監督が愛を育む小さな居間(本記事トップと下の写真)は、鮮やかなブルーグリーンの色壁にをバックに、ソファのレトロな花柄と壁掛けの絵やオブジェが際立ちます。
劇中劇のコメディ映画のセットは、原色のモダンな調度を配した大胆な内装のアパート。
イタリアを代表するデザイナー、エンツォ・マリの赤い林檎のスクリーンプリントが壁に飾られた黄色い壁の居間には、オランダの建築家ヘーリット・トーマス・リートフェルトが1935年にデザインした赤と青のユトレヒトソファが配置され、モノクロの花柄クッションが添えられています。ここには写っていませんが、アパートのテラスにはフィンランド人建築家エーロ・サーリネンのモザイクタイルテーブル、イタリア人デザイナー ハリー・ベルトイアの白いワイヤーチェアも登場。又、20世紀の巨匠による調度ばかりではなく、アルモドバル監督お気に入りのスペインの現代デザイナー パトリシア・ウルキオラのトロピカルカラーの椅子も使われています(撮影当時は商品化前だったため、ミラノの家具見本市に出品されたものを使用)。
最新作『私が、生きる肌』
昨年のカンヌのコンペティション部門で披露目された問題作『私が、生きる肌』(日本劇場公開2012年5月26日)。女性讃歌三部作『オール・アバウト・マイ・マザー』(98年)、『トーク・トゥ・ハー』(02年)、『ボルベール<帰郷>』(06年)で、すっかり成熟したイメージが定着したアルモドバル映画ですが、今回の作品は一転、破天荒な初期作品を彷彿とさせる剥き出しのエロスやバイオレンスが圧倒的。
舞台は2012年、トレド郊外の別荘地区。要塞のような豪邸に住んでいるのは、アントニオ・バンデラス演じる天才形成外科医。彼は邸内に監禁している謎の美女を被験者とし、非業の死を遂げた愛妻を救うはずだった完璧な人工皮膚の開発に没頭している。やがて明かされる、美女の驚くべき正体―。
トレド市周辺にはこの地方独特の「シガラル」と呼ばれる郊外の別荘が点在しています。外科医の邸宅の撮影地に選ばれたのは、16世紀に大司祭によって建立されたQuinta de Mirabelと呼ばれるシガラル。外観は伝統的な建築様式ながら、内装はかなりモダン。ティッツィアーノの傑作『ウルビーノのビーナス』や、ダリの裸の男女を描いた絵画のレプリカが壁に並ぶ中、巨大液晶画面に映し出される全裸と思しき美女。階段部分には、1981年ヴェネチア創業のフォスカリーニ社の、宙に浮いた卵のようなガラスペンダント照明グレッグが存在感を放ちます。
階上の床は、気品あるパーケットフローリング。階下のロビーエリアには、この映画のために布を張り替えた、スペインの新進ブランド ヴィッカルベのソファが、ビビットな幾何学模様のカーペットの上に、まるで模様の一部のように配置されています。
アルモドバル作品のインテリアに学ぶこと
色壁ですが、私の実家は、外壁も内壁も白い塗装壁が基調なのですが、ダイニングスペースの1面だけがびっくりするほど鮮やかなオレンジ色だったり、天井の一部が深いブルーだったり、クローゼットの扉が深緑だったりしました。ダイニングの壁には子供たちの絵や紙粘土細工をディスプレイしてあり、幼心に明るい壁で食事をすることに気持ちが浮き立ったのを覚えています。全面的に色壁にするのではなく、ポイントとして取り入れれば、日本の住宅でも過剰すぎず色の変調を楽しめるのではないかと思います。
- 本コラムに使用した映画場面写真は、製作会社El Deseoから本サイト読者の空間づくりの参考に使用許可を得たものであり、toolboxで販売している商品との関連はありません。