映画から空間ヒントを

映画には、空間づくりのヒントが詰まっています。写真集や雑誌やインターネット等のスタイル画像も大切なインスピレーション源ですが、映画の場合は登場人物たちが部屋の中を動き回り、固定されない視点で空間を感じることができるからです。これから、折りに触れてインテリアの印象的な映画をご紹介していきたいと思います。未見の映画も、昔観た映画も、空間に着目して観てみると、様々な新しい発見があります。

『シェルブールの雨傘』の華やかな壁紙使い

第一回目は、フランスの名匠ジャック・ドゥミ監督による不朽の名作『シェルブールの雨傘』。雨の港町を舞台に、傘屋の娘と自動車修理工の青年の悲恋を描くミュージカルで、1964年カンヌ国際映画祭グランプリを受賞し、大女優カトリーヌ・ドヌーヴを一躍スターダムに押し上げた作品です。若かりし日の初々しいドヌーブの、めくるめくファッションやヘアスタイルは、多くのファッションデザイナーやクリエイターたちにインスピレーションを与え、いまだにお洒落のお手本として雑誌に取り上げられています。

音楽やファッションが注目を集める作品ですが、衣装同様に鮮やかな原色や柄が大胆に使われた撮影セットも、この作品の主役の一つです。私は最初にこの映画を観た高校生のとき、華やかな色柄の壁紙に、特に幻惑されました。そして、壁といえば白やオフホワイトの無地が当たり前、という日本の住宅事情に疑問を覚えました。

壁紙と母親のバスローブのストライプがマッチ。奥にキッチンの壁が覗く。

シーンによっては、ヒロインのワンピースと壁紙が同じ花柄で合わせられている心憎い美術デザインを手掛けたのは、監督の美術学校時代からの盟友ベルナール・エヴァン(1929-2006)。ドゥミのほか、ルイ・マル、フランソワ・トリュフォー、ジャン=リュック・ゴダール…といったヌーヴェルヴァーグを代表する映画作家たちの美術面を支えたことで知られます。

他の部屋の壁紙はフェミニン系ですが、キッチン壁はまた違ったテイストで◎室内装飾の予算の大部分は、オリジナルの壁紙プリンティングに費やされました。この映画において、ドラマ性や感情の高まりは色彩によって表現されることが多く、又、セットの縁(へり)を視覚のトリックで隠すために縦ストライプを多用する必要があったからです。ここから学べることは、部屋ごとに壁紙の色や柄を変えて、各部屋に”物語性”や”役割”を与えること。例えば、食卓の壁を明るい色にして楽しい食事を演出したり、寝室は落ち着いたトーンの壁紙でリラックス空間を演出したり…。シックな部屋の中で、トイレだけを派手にして意外性や遊び心を加えたり…。視覚効果の面では、色柄が大胆な壁紙は下地の凹凸がさほど目立たないという利点もあります。

ダイニングルームから隣室の花柄の壁紙が覗く。

日本の住宅に取入れるには

この映画のようなカラフルな壁紙を日本の住宅に取入れる場合は、全面ではなく1面にアクセントとして取入れるのが良いかと思います。空間の広さや天井の高さも、ヨーロッパよりスケールダウンする日本の住宅では、全面に取入れると少しうるさくなってしまうからです。

壁紙を愉しむ文化

デッドストック壁紙の商品ページでも触れましたが、ヨーロッパでは、デザイン性の高い壁紙を生活に潤いを与える重要なインテリアとして楽しみ、定期的に自分で貼り替えるのが今も昔も一般的です。欧米での壁紙の張替え周期は、日本に比べてかなり短いです。それは、色柄が個性的ゆえに暮らす人たちも変化を求めるからであり、又、ホームパーティーなどで来客が多く他人の目にも触れやすいことに由来しています。そして、壁紙にも流行があり、ファッションより少し長いスパン(3〜5年)で、古い壁紙が廃版になり新しい商品が発表されていきます。近年、内食率が高まり、友だちを招いて家飲みをする機会が増えてきた日本でも、そろそろこの文化を取り入れても楽しんでも良いのではないでしょうか?

壁紙だけでなく、ウィンドウグリルや窓、カーテンなども凝っています。