一度出来上がってしまった間取りを変更するのは、とても勇気がいるし労力もお金もかかる。
でも、今回取材したSさん宅は、自在に間取りを変更することができる。そこには、Sさんの工夫と住まい方への哲学が詰まっていた。
間仕切りを自由に取り替えられるシステム
ワンルーム空間に、間仕切り壁と引戸を加えた。
原宿駅から少し歩いた住宅街の端正なマンション。数年前、購入した一室を大きなワンルームに改装したSさん宅。木板を梁にぐるりと回し、壁には木の羽目板を配置して、木枠とポリカーボネートの波板で作った引戸を設けた。
木を暖かみのあるアクセントとしつつ、釘やビスを自由に打込めるようにしている。
この木の壁、実は可動式。梁と床に、U字型のスチールレールを取付けて木板を挟み込む。とてもシンプルな作りだから、故障もしないし片手で動かせる。しばらくはワンルームの状態で住んでいたが、数年経った頃にベッドとリビングを間仕切る必要を実感したSさんは、DIYで間仕切り壁の製作を行った。
片手でこの通り
間仕切り壁の作り方は、羽目板をいくつか抜き取って上部を固定する。下部は固定せずに押さえの板を設置する。これだけ。
ベッドルームの目隠しにもなるし、フックを留めてギターをひっかけたり、ポールをつけたり、棚をつけたり。「木」だから大抵のものは取付けられる。さらに木板は上部だけで固定されているから、またすぐに動かせる。
間仕切り壁の位置は、今のところ違和感無さそうだが、再びワンルームに戻すことだって可能なのだ。
考えてみると当然だけど、住む前から心地よい間取りや家具の位置はなかなか想像しがたい。だから試しに壁を作ってみて、気に入らなければ元に戻すことができて、かつ元に戻している状態でも、邪魔者扱いされること無く空間の中でしっかり存在感を示す。そんなシステムを組み込んだ改装だった。
あと戻りのできる空間
「とにかく、あと戻りができるようにしたかった。」
改装してずっと住み続けるかもしれないし、そのうち人に貸すかもしれない。どうなっていくかはわからないけど、後悔するのは悲しい。だから最初は、必ず必要になるところまでで止めておく。イメージしにくい所は無理に答えを求めずに、先送りにして余白を残しておく。時間が経っても、その余白さえあればいくらでもアジャストできるから。
最初は必要最小限の改装に抑え、浮いた分を将来のカスタム費用に回す。工事単価は高つくかもしれないけど、このアプローチの方が後悔は起こりにくいのかもしれない。
最初に一気に工事し尽くした方が、確かに工事単価は安くなる。だけどそこには将来、生活スタイルが変化した時、自分の望んだはずの空間に息苦しさを覚えてしまうリスクも潜んでいるのだ。
ギターが好きなSさんはある時、クローゼットを防音室へ変える計画を立てた。見積りをとり、クローゼットの中身を外に出した。試しにその状態でしばらく過ごし、あとは工事を待つだけだったが。。
「ギターを弾くためにあれだけ欲しかった防音室だったのに、いざ準備してみると、いつもリビングで弾いている自分がいた。作らなくてよかったよ。」とSさんは笑う。
憧れの生活と、実際の生活にはギャップがつきものだ。しかも多くの場合、後になって気づく。素敵な食卓をメージして買ったはずのフードプロセッサーが、今や戸棚に鎮座している。。なんてことは、誰しも経験があることだろう。
次の住宅も同じスタンスで
現在計画中のお引っ越し先は、同じ建物の違う部屋だ。この部屋でも勿論、Sさんのスタンスは変わらない。
一度作ると動かすのが難しいお風呂やトイレは、じっくり考えしっかり作る。キッチンには比較的動かしやすい部分があるから、取り替えがしやすいように作ってみる。床をどうするかは、いくつか選択肢はあったけど、今の自分にはイメージできないから、そのまま。とりあえず住んでみて、自分に問いかけるつもりだそうだ。
自分の生活スタイルと住空間がぴったりフィットした状態へ少しでも近づくためには、住空間に余白を常に残しておくこと。そして答えを先送りにする、という姿勢が大切なのだ。
あと戻りのできるSさんの家から、間取りを自在に変更できるフレキシブルな住宅の作り方に、まだまだ可能性があることを実感できた。同時に、肩の力を抜いて理想の暮らし方にたどりつくためのヒントをたくさん、いただいた。