自分好みの空間に部屋を改装することができるDIY賃貸。住む人にとってはうれしいことですが、何から手をつければいいかわからないことも。
一方、物件を管理する側は、入居者に自由に暮らしを楽しんでもらいたいと思う反面、どんな改装を施されるのかという不安が拭いきれないもの。
今回は、初心者でも気軽にDIYを楽しみやすく、管理する側にもうれしい方法でDIY賃貸を運営している「アパートキタノ」を取材してきました。
合板貼りの箇所「だけ」自由に改装OK
アパートキタノは、京王線・北野駅から徒歩15分ほどの場所にある、築26年の単身向け賃貸アパート。玄関を入ると洗濯機置き場があって、キッチンがあって、バス・トイレ・洗面一体の3点ユニットがある、広さ約18㎡のよくあるワンルームの間取りです。
普通のワンルームとちょっと違うのは、床全面と壁の一面に合板が貼られていること。この合板貼りの部分は、釘を打っても、ビスで棚を取り付けても、ペンキやオイルを塗ってもOKなんです。
「ワンルームに住む人でDIY経験が多い人なんて、そうそういないじゃないですか。“どこに何をしてもOK”だと、どこから手をつければいいかわからなくて、結局何もしないということになってしまうかも…と思ったんです。DIYしてもいい範囲を絞れば、“ここだけなんだったら、何かやってみようかな”という気持ちが起こりやすくなるんじゃないかと考えました」
そう話すのは、アパートキタノの企画運営を行っている加藤渓一さん。加藤さんは「妄想から打ち上げまで」というスローガンで、設計から工事まですべてのプロセスに施主を巻き込んだ空間づくりを行う「HandiHouse project」のメンバーとして活動しており、DIYを取り入れた暮らしの提案を行っています。
「八王子エリアには大学や専門学校がたくさんあって、まわりは同じようなワンルーム賃貸ばかり。アパートキタノの大家さんは、このままだと家賃を下げるしか他の物件との競争力がなくなってしまうことに悩んでいました。そこで、兼ねてから構想していた“合板を貼った部分だけ改装OKなDIY賃貸”を大家さんに提案したら、“いいね!”と、採用してくれたんです」(加藤さん)
合板仕上げは複数種類あり、入居者はラワン合板、シナ合板、MDF合板、ラーチ合板、OSB合板から好きな合板を選ぶことができるシステムになっています。床と壁に貼った合板は規格サイズのまま、もともとの壁に間柱を取り付けて、そこにビスで留めているだけ。入居者が別の板に取り替えても良いし、合板を取り外して別の何かを作るのも、自由です。
「DIYしてもいいのは合板のところだけなので、物件を管理する側も“何をされるのかわからない”という不安がなくなって、安心してDIY賃貸として貸し出すことができます。合板は手に入れやすい素材なので、リフォームも原状回復も簡単です」(加藤さん)
「古い内装のままDIY賃貸にすることもできるけど、“お金を掛けたくないからDIY賃貸”とか“古くて汚いから直す”とか、DIYの理由がネガティブなものになるのが嫌でした。DIYが、暮らしを楽しくするためのプラスの行為として日常にある、そんな暮らし方を提案していきたいんです」(加藤さん)
とはいえ、「DIYすることを押し付けたくはない」とも話す加藤さん。そのため、アパートキタノでは、“DIYしなくても住める空間デザイン”を目指したそう。「これを設置するだけで空間がぐっとカッコよくなる」(加藤さん)と、『ミニマルキッチン』『木製ミニマルキッチン』と『フラットレンジフード』を採用していただきました。
加藤さんは、この「壁一面と床を合板貼りにして改装OKにする」スタイルを「キタノ式」と呼び、全47戸あるアパートの部屋を、入居者の退去のタイミングに合わせて数戸ずつリフォームして、DIY賃貸として貸し出しています。
「でも、入居者が実際にどこまでDIYを楽しんでくれるかは未知数でした」と加藤さん。
しかし、DIYがある暮らしを身近にするための仕掛けは、空間だけでなく運営方法にも施されていました。
片付けや模様替えの延長線上でDIY
今回、「キタノ式DIY賃貸」での暮らしを見せてくれた入居者は3名。その部屋は、本当に同じ賃貸物件…?と思うほど、住人それぞれの個性が溢れた部屋になっていました。
最初にご紹介するのは、アパートキタノがキタノ式DIY賃貸を始めてからの初めての入居者である、沼田汐里さんのお部屋。入居から一年半が経ち、加藤さんは「来るたびに何かが変わっている」と話します。
「最初にDIYしたのは、住み始めるとやりにくくなる床。MDF合板の床を『BRIWAX』ジャコビアンで塗りました。ラーチ合板で作った棚は、積み重ねてカウンターにしたいなと思っています。最初の頃は、何かをDIYしようと思うたびに加藤さんにやってもいいのか、どう作るのか相談していたけど、最近は何も聞かないでやるようになりました」(沼田さん)
「最初だったので、いい感じにDIYしてくれる人に入居してもらいたいなと思って、知り合いだった沼田さんに声をかけました。沼田さんには、DIY費用の一部を補助する代わりにプロモーターにもなってもらっていて、アパートキタノでの暮らしをSNSで発信してもらったり、見学会の時に部屋を見せてもらうなどの協力をしてもらっています」(加藤さん)
「断熱タイニーハウスプロジェクト」という、小屋づくりを通じて断熱という快適な家づくりの手法を伝える活動をしている沼田さん。自身で小屋を作ったこともあり、DIYの知識も技術も持っていましたが、「DIYがしたい!」と思っていたわけではなかったと言います。
「基本的に面倒くさがり(笑)。今まで住んでいた家でも、特別なことはしていませんでした。でも、アパートキタノの見学会などで部屋を人に見せる機会が訪れると、“どうせなら良い部屋を見せたい”という思いが生まれて、片付けの延長線上でDIYをするようになりました。今では誰かが遊びに来るたびにDIYをするサイクルになっています」(沼田さん)
私も、家の片付けや模様替えをしていると、“ここに棚があったら”とか、“ここの色がこうだったら”と思うことがあります。 普通の賃貸ならそこで諦めてお終いですが、DIY賃貸なら、“じゃあやっちゃおうかな”という気持ちを抱きやすそうです。
こちらは最新作の衝立(ついたて)。以前は合板壁を交換して貼っていた有孔ボードを再利用して、角材と組み合わせて製作。床と収納の廻り縁にビスを打って留めていますが、「廻り縁のビス穴くらい、簡単に補修できますし」と加藤さん。管理側のこうした大らかな姿勢も、入居者の気ままなDIYを後押ししているようです。
シェア工具と住民専用チャットがDIYライフを後押し
そんな沼田さんの暮らしぶりをSNSで見て、アパートキタノへの入居を決めたと話すのが、「ayano otsubo」というブランド名でアクセサリー制作をしている大坪郁乃さん。それまでは関西で一人暮らしをしていました。
「面白い人たちとつながりたかったんです。都心を離れれば安く借りられるかなと思って探していたら、見つけたのがアパートキタノでした。東京に知り合いがいなかったので、ここだったら生活が楽しくなるかなと思って。普通の賃貸住宅に飽きていたというのも理由のひとつでした」(大坪さん)
大坪さんが入居時に選んだ合板は、ラワン合板。壁か床のどちらかに手を加えようと思っていたと言います。
「シナ合板だとちょっときれいすぎる気がしたので、ラワン合板を選びました。この壁は、ホームセンターで見つけたザラザラした質感の下地材と、白とグレーのペンキを混ぜて、塗ってみました」(大坪さん)
独特の質感によって生まれた陰影が素敵なグレーの壁。ぱっと見つけた材料を適当に混ぜて塗ったという割には、完成度高すぎ…!
「必要な家具は作ればいいやと思って」と、家具を何も持たずに引っ越してきたという大坪さん。壁に取り付けた棚や、キッチン横の食器棚、アクセサリー制作のための机も、すべてDIYによるもの。すべて壁と床と同じラワン合板で作っていて、ホームセンターで合板を必要サイズにカットしてもらい、部屋では塗装と組み立てを行いました。
家具も持ってこなかったぐらいなので、もちろんDIYの工具も持っていなかった大坪さん。では工具はどうしたのかというと、アパートキタノ内の倉庫にDIYのための工具が置かれており、住人たちがシェアできるようになっているんです。
また、アパートキタノでは、入居者専用のチャットグループがあり、加藤さんら管理者にDIYについての質問や相談が気軽にできるようになっています。最近はインターネットを見れば、さまざまなDIYのアイデアややり方を知ることができますが、自分のアイデアについて具体的に相談に乗ってもらえることは、やる気がぐっと高まりそう。
「チャットグループで、“こんなの作りました!”とほかの入居者が作ったものの報告を受けたり、自分が作ったものへのリアクションがもらえたりすることは、DIY意欲の刺激にもつながっているみたいです」(加藤さん)
DIYというフィルターを通じて集まった多様な入居者たち
そして加藤さんが「想定外の暮らし方だった」と話すのが、3人目にご紹介する南林いづみさんのお部屋。南林さんは、油絵を中心とした絵画活動をしているアーティスト。
「絵を描く人だとは聞いていたんですが、ある日SNSを見ていたら、合板の壁いっぱいを使って大きなキャンバスに絵を描いている南林さんの写真が投稿されていて。DIY賃貸にすると、ワンルームでこんな暮らしをしちゃう人も出てくるんだって、すごく興奮したことを覚えています」(加藤さん)
こちらがその時の写真。ちなみにこの写真をSNSに投稿していたのが大坪さんだったので、入居者同士の交流がいつの間にかチャットルームを飛び出して、リアルに発展していたことにも加藤さんはびっくりしたそうです。
「東京で一人暮らしをするのは初めてだったので不安だったんですが、アパートキタノに入居している人たちの様子をSNSで見て、DIYのことを教えてもらったりして親しくなれるかも、と期待していました。入居することが決まった時には、入居者のみんなが歓迎会を開いてくれて、とてもうれしかったです」(南林さん)
通っていた大学があった秋田から上京するにあたって、アトリエと住まいを探していた南林さん。toolboxの兄弟サイトである「東京R不動産」でアパートキタノを見つけ、DIYがOKなこの物件なら制作に適した環境を自分でつくることができる!と入居に至ったそうです。
当初からペンキを塗ることを考えていた南林さんは、木のヤニが出にくいシナ合板を選択。描く作品の「色」が見えやすいよう、自分で調色したグレーのペンキで塗装しました。
「家具はほとんど使わないから要らないけど、作業するデスクは必要だったから、加藤さんに許可をもらって、合板じゃない壁にガチャレールを付けてデスクと棚を作りました。物を置いたらたわんでしまったので、間にもう1本ガチャレールと脚が必要だな…と思ってるんですけど、後々やろうかなと」(南林さん)
創作資料の本や画材に埋め尽くされた部屋は、まさにアトリエ。南林さんは、絵の具が壁や床に付くことを気にせずに制作に没頭できる環境をとても気に入っているそうです。
「ちなみに、寝るときはどうしてるんですか?」と聞くと、「このまま床に布団を敷いて寝てます」(南林さん)とのこと。創作最優先のアーティストらしい暮らしっぷりです。
出身も職種も部屋のテイストもバラバラ。なのに、まるで昔からの友人のように仲が良いアパートキタノの入居者たち。お互いの部屋のDIYを手伝ったり、アパートキタノのシェアカーでホームセンターへ繰り出したり、近頃はただごはんを食べに行くことも多いそう。こうした入居者同士の交流も、DIYを楽しむ促進剤になっているんじゃないかなと思いました。
「DIYというフィルターを介することで、多様なキャラクターの住人が集まるのが面白いなと思って。今日の取材にはいない住人も、クリエイターだったり、普通の会社員だったり。郊外のワンルーム賃貸なので学生の入居を想定していましたが、今はいろんな働き方や生き方をする人がいる。DIYが持つ可能性を感じました」(加藤さん)
入居者に「自分らしい暮らしをつくる楽しみ」を「安心」して提供できるDIY賃貸。物件を管理する側も入居者も、両者がうれしいこんな賃貸が、世の中にもっと増えていくことに期待したいですね。
アパートキタノ
企画・運営:北野家守舎合同会社+株式会社HandiHouse project
株式会社 HandiHouse project / ハンディハウスプロジェクト
合言葉は『妄想から打ち上げまで』。
設計・デザインから工事のすべてにおいて、施主も一緒に参加して作っています。
家づくりが趣味になれば暮らしも豊かになる。そんな思いで活動している建築家集団です。