玄関を入ると、床も壁も階段も躯体現しな空間が出迎えます。

コンクリートの床、壁、天井。既存の階段に合板の板を付けて塗っただけの階段。既存内装を撤去したスケルトン空間のまま!?とも思えるようなこちらの住まいは、toolboxスタッフの小林の自邸。奥さんと5歳になる息子さんと3人で暮らしています。

「家がない!」から急遽始まった家づくり

「以前は、島根で仕事をしている妻と子どものところと東京を、月に数回往復するという生活をしていました。私は小さな賃貸に暮らしていて、今後も二拠点を行き来する生活をしようと思っていたら、妻も東京の会社に転職することになって。急遽、家族で暮らせる家が必要になったんです」

小林はtoolboxの施工チームメンバー。奥様の転職が決まったのは、小林がtoolboxに入社した直後でした。

賃貸にしろ購入にしろ、とにかく早く家族で住める家を確保しなくてはならない。そう思っていたところに、たまたま知り合いから売却を相談されたのが現在の物件。知り合いの親族が住んでいた家で、妻の実家にも近く、約85㎡と広さも十分。悩む暇もなく購入を決断したそうです。

購入した家は団地のテラスハウス。小林の前職を知る知人から売却を相談された物件でした。

toolboxに入社する前は、中古マンションリノベーションのコーディネートサービスを展開するEcoDecoのスタッフとして、お客様の物件購入サポートとリノベーション設計を行っていた小林。今回の家づくりでは、物件購入からローンの手続き、設計、施工の発注まで、小林が自ら行いました。

「妻の転職が決まってから、物件を購入してリノベーションして引っ越すまでを、約4ヶ月でやりました。住宅購入と空間づくりを並行して行うのは大変なんだなと、改めて思いました」

求めたのは「性質」のない空間

購入した築40年のマンションは数年空き家だったこともあり、内装はボロボロ、1階の床下も腐っており、「既存を生かしてリノベーション」という選択肢は早々に除外。さらに、間口が狭い上に構造壁があり、階段の位置も変えられない造りだったため、「自由に間取りをつくる」ということもできない物件でした。時間のない中、あまり手のかかることはできない。そうして出来上がったのが、「住めるスケルトン空間」でした。

1階の奥はリビングとして使用中。窓下にはパネルヒーターを設置して、住むための最低限の機能を付加。

既存の内装は全て撤去。外に面する側の壁だけは断熱をやり直して塗装で仕上げ、そのほかの壁はコンクリート躯体現しに。1階の床はコンクリートを打ち直しましたが、やったことは「仕上げ」というよりも、躯体の修繕。天井も躯体現しにしました。

キッチン空間も躯体現し仕上げ。冷蔵庫側の壁の裏はトイレで、そこの壁は新たに作りました。

水回りの位置を移動するのが難しい建物だったため、キッチンや浴室は元々と同じエリアに造作。階段は既存をベースに塗装をしました。

「とにかく住めるようにすることを優先して、元々あるものも素材として捉えて、必要なものだけで完成させる家づくりを考えました」

もともとあったロフト収納を撤去した結果、4m近い天井高が生まれた2階のランドリースペース。

ランドリースペースに置いたUSMハラーのサイドボードには衣服を収納しています。

2階の床も壁も天井も、既存内装を撤去して出てきたコンクリート躯体現し、そのまま。ですが、そこに漂う雰囲気は決して無機質ではなく、調理器具や食器が並んだキッチン、リビングに置かれたおもちゃやグリーン、ランドリースペースの木箱やカゴなどが、気負いのないリアルな「生活」がそこで営まれていることを感じさせます。

寝室として使っている2階の一室も躯体現し。フロアの中央に光を届けるためにガラスドアを採用。

「内装を考える時間的余裕がなかったというのもあるけれど、インテリアのスタイルとかテイストといったものを、持たない空間にしたかったんです。住まいが建物や内装というハードと、暮らしというソフトで成り立っているとして、ハード側が住まいの印象を決めてしまうことを避けたかったというか」

床にはフローリングを貼ることも考えたそうですが、「そうすると“ここはこういう使い方をする空間”という性質が生まれてしまうから」と小林。各スペースの用途を検討する時間がなかったこともあり、「性質のない空間」にすることを求めた結果が、躯体現しでした。

床の段差部分に既存床の跡が見える。左の壁に沿って走る合板の台は、ガス管や給排水管を覆うもの。

「家具とか生活雑貨とか、そこで営まれる暮らしで住まいが成り立っている状態をつくりたかったんです。言うならばこの家の内装は、“躯体現し 生活雑貨仕上げ”ですね」

そうした考えのベースになったのは、大学時代の留学先、フィンランドで見てきた住空間。古くてしっかりとした建物をベースとして、内装は大きく変えずに塗装を施したりする程度でも、家具やファブリックといった暮らしの道具でつくられる「住まい」の在り方が、印象に残っていると言います。

小林お気に入りの器。「いつどこで作られたのかもわからないけど、絵柄の雰囲気含めて好きで」

「うまく伝わるかわからないけれど、民藝的な住まいを実現したかったというのはあります。誰が作ったかはわからないけれど、生活に即した美が宿っているもの。一旦、作り手や住み手の手を離れたこういう古い建物には、その匿名性みたいなものに、民藝に通じるところがあるように感じていて。そうしたものを、うまく引き出せたらいいなとは思っていました」

スチールシェルフはDULTONのもの。「用に則す」に特化した工業製品にも民藝的美しさを感じるそう。

パーツ選びは「ルール」を決めて迅速に

そんな“躯体現し 生活雑貨仕上げ”な住まいとはいえ、生活をするための設備機器やパーツの選択は必要です。「印象も性質もない空間」とするために、小林はどのようなアイテムを選んだのか、見ていきましょう。

1cm単位でオーダーできる『オーダーキッチン天板』で、壁と梁のあいだにぴったりはめたキッチン。

キッチンは、『オーダーキッチン天板』と、天板の支えに『フリーカット無垢材』を使って造作。フリーカット無垢材には棚が取り付けられるブラケットを取り付けました。

「住みながら収納棚が設置できるようにしたかったんです。今のところはリンゴ箱で事足りてしまっているのですが(笑)」

料理好きな小林夫妻。ご飯は土鍋で炊くので、4口の『パワーガスクッカー』をセレクト。

ASKOの『パワーガスクッカー』のワイドに合うものとして、レンジフードは『キューブ型レンジフード』のW900×H500サイズを設置しました。

「素っ気ない素材が好きですね。あとは、丸、三角、四角というような、わかりやすい形のもの。パーツや設備機器選びも私に一任されていたのですが、選んだものについて、妻からは“あなたらしいね”と言われました」

玄関と階段とリビングを結ぶ通路上にある洗面スペース。

T-formの洗面器に合わせたのは『壁付けセパレート混合水栓』です。洗面器を取り付けた壁は水撥ね対策として『塗装のキッチンパネル』を貼りました。

照明やスイッチの配置は元々の配線の位置を活かして計画。

キッチンや洗面に取り付けた直付け照明は『モデストレセップ』。磁器製の素っ気ない質感と円錐台の形状は、たしかに小林好み。

ガラス入りのドアがレトロな玄関。収納計画を立てる余裕がなかったので、下足入れはなし。

玄関横の壁に『ハンガーバー』を取り付けて傘掛けに。

元々の浴室を解体して出てきた上部の空間を活かし、約2.4mの天井高さを確保した浴室。

浴室は壁をシンプルな100角白タイルで仕上げました。

「ハンスグローエのオーバーヘッドシャワーは、前職時代にお客様の家で使って、自分でも試してみたいなと思っていたんです。シャワーだけで浴槽に浸かったのと変わらないぐらい体があったまりますよ」

建具のデザインによって「スタイル」をつくってしまわないよう、ドアはガラス框ドアではなくガラスドアに。

2階の寝室として使っているスペースは、元々あったロフト収納を活かしました。ロフト収納には『ウォールディスプレイパーツ』で作ったシェルフを設置して、底面には『アイアンハンガーパイプ』を取り付け。小林邸で、収納らしい収納が造作されているのはここだけです。

躯体現しの壁にしっくり馴染む『トグルスイッチ』。

『アメリカンスイッチ』は黒とステンレスプレートの組み合わせに。

分電盤のボックスは、工場などで使われる金属製のものをセレクト。

パーツ選びについて形のほかにルールにしたことは、「躯体現しにつけるものは金属にする」ということ。キッチンやレンジフードをステンレスにしたのも同ルールのもと。「スタイルをつくらない」という躯体現しにした意図を、邪魔しない素材選びが徹底されています。

パーツの形や素材の種類にルールを設けた仕上げ選びは、統一感のある空間づくりの参考にもなりそうです。

「つくり込まない」豊かさもある

小林一家がこの「住めるスケルトン空間」に暮らし始めて約一年。最初はダイニングテーブルもソファもなく、住みながらスペースの使い方を考え、物をしまう位置を検討し、家具や収納を選んでいったと言います。

玄関を入ってすぐのスペースはダイニング兼小林の仕事場になりました。テーブルはコンパクトで足元が抜けるフリッツハンセンのテーブルをセレクト。

「ダルトンのスチールシェルフは気に入っていますが、一生使うかどうかはわかりません。赤いアルファベットソファも、ファブリックを変えようかなと検討中。いまは中古のマーケットが成熟しているから、一生モノだと思って選ばなくても、一度試してみてから手放すことも選択肢に入ると思うんです。そう考えると、内装を最初につくり込まずに、家具をベースにする家づくりもありなんじゃないかと思うんです。暮らしの変化に応じて変えていくことができますから」

長年愛用しているシェルフや古い引き出し、ラグが、躯体現しの空間を心地いい暮らしの場にしている。

「前職でリノベーションをお手伝いしたお客様には、細部までこだわってつくり込む方もいましたし、この家のようなスケルトン的空間にした方もいました。つくり込まないリノベーションをしたお客様の家は、設計時は特定の使い方を決めていなかったけれど、できあがった空間をとても自由に住みこなしていました。そうしたさまざまなお客様の暮らしを見せていただいて、住む人が幸福を感じているかどうかに関係するのは、空間をどれだけつくり込むかではなく、そこに住まい手の意思と選択があるかどうかなんだ、と思ったんですよね」

リビングでありインナーバルコニーのようでもある、コンクリート躯体床のフロア。

部屋に置く道具だけでなく、部屋の使い方についても「変えていけばいい」と考えている小林。お子さんが来年小学生になることから、奥様のワークスペースになっている部屋を近日、子ども部屋に変える予定だそう。家族の生活スタイルの変化に合わせて、いかようにも使っていける、住めるスケルトン空間。「暮らす」という用に即した、民藝のような豊かさがある住まいです。

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