古い物件の個性を引き出しながら、使いやすくつくり変える
どこからが築古かという明確な定義はありませんが、目安として築30年以上経過した物件のことを、私たちは「築古」とみなしています。
築古物件を手に入れる方法は、中古住宅を購入する場合と、古家付きの土地を購入する場合、大きく分けて2パターンあります。
新築に比べ手頃な価格で手に入れやすいため、その分工事費をかけて、自分好みの空間にしたいと考える方も多いのではないでしょうか。また、家族や親族から受け継いだ家を建て替えるのではなく、リノベーションして住み継ぎたいと考えている方もいらっしゃるはず。
ただ、築年数が経っている建物だと、耐震補強など相応の修繕が必要となってくる場合もあります。家の状態によっては建て替えたほうが安く済むケースがあったりと、素人には判断が難しいため、築古物件のリノベーションに興味があってもなかなか足を踏み出せないという方も多いのではないでしょうか?
そこで今回は、古民家再生が得意な『宮田一彦アトリエの宮田一彦さん』に、築古物件の魅力や注意すべき点などをインタビュー。「ボロボロすぎて取り壊すしかないのでは?」など築古物件に不安や疑問を持たれている方、その道のプロのお話をぜひ参考にしてみてください。
古民家の改修が大好物な建築家「宮田一彦さん」
今回お話をお伺いしたのは、古民家再生を得意とする『宮田一彦アトリエ』の代表、建築家の宮田一彦(みやたかずひこ)さん。
1997年に宮田一彦アトリエを設立され、2010年に北鎌倉にある廃墟同然だった空き家を住宅兼アトリエにリノベーションして移住。今回のインタビューはそのご自宅にて行いました。
依頼の大半が古民家のリノベーションで、相談に来られる方のほとんどが「ぜひ宮田さんに!」という宮田さんご指名のお客様。中には宮田さんのスケジュールに合わせて1年程お待ちいただく方もいらっしゃるほどなのだそう。
「昔から、車も音楽もファッションも古いものが好きで、流行りのものには一切興味がなかった。長い年月を経て残ってきたものの佇まいや痕跡に惹かれるんですよね。建物もそう。新築では決してつくり出すことの出来ない、古いものの醸し出す雰囲気に魅力を感じます」
希少な木材や昔ながらの建具など、既存の持ち味を活かしながら今の暮らしにあわせて再構築された家は、一点物のヴィンテージのような“味”のある住まいになる。
「古いものを受け継ぎ、大切にしながら自分らしく暮らすこと」それが古民家の醍醐味だと宮田さんは言います。
強い思いと覚悟さえあれば、直せないものはない
「家の趣や魅力をなるべくそのまま活かすといっても、一番大切なのは、耐震補強や断熱といった住宅性能を整えること。築古物件は、躯体や設備が老朽化しているため、その修繕をいかに行うかがとても重要なんです」
そのため、まずは全てを取り払い、骨組みだけのスケルトンにするところから始めるのだそう。
「木造建築であれば、たとえどんな家であっても手直しが可能です。その分、工事の振れ幅がとても大きい。長年、空き家だった家などは、安く購入できるとはいえ、元の家の状態次第では予想していた以上にリノベーション費用が嵩んでしまうことも多いのです。単純に安さだけを求めて築古物件を選択してしまうと、後悔することにもなりかねない。そのため、既存の物件の状態を見極めることがとても大切なんですよね。お客様から求められれば、物件の内見に同行して、どのようにリノベーションするかという観点からアドバイスすることもあります」
また、物件の状態以上に大事だと宮田さんが話すのは、「家に対する思い入れ。その家に対してどこまで予算をかける覚悟が持てるか」
実際、宮田さんのご自宅も当時空き家のまま8年以上放ったらかしにされた状態で、畳は腐り、床も15センチ程傾いていたのだそう。それでも「駅近の割に自然に囲まれた気持ちのいい環境と、窓から見えるこの景色に惚れ込んで。家自体はなんとかなると全く心配しなかった」と購入を即決。それでもきちんと住めるようになるまでには、かなりの手間をかけたといいます。
お客様の中にも、「祖父母から譲り受けた思い出の詰まった家だから」と、建物が通常より手間も費用もかかってしまう状況であっても、取り壊さずに住み継ぐことを希望される方がいるそうです。
先に紹介した築50年の古民家は、祖父が建てた家をそのお孫さんがリノベーションしたもの。現地調査で確認した建物の劣化状況は凄まじく、古民家を見慣れた宮田さんでも「これは……」と思う程だったと言います。それでも「お爺ちゃんの建てた家の再生を孫が希望しているわけだから」と、職人と力を合わせなんとか再生させました。
記憶を紐解く解体作業。求められる高度な現場対応力
一般的な住宅と違い、古民家の解体は解体屋ではなく、木造住宅の造りをよく知る大工さんが行います。それは作られた順に丁寧に解体していく必要があるから。
建築当時の記憶をたどるように解体していると、職人同志にしかわからない細かな作業の癖が見えてきて、これはどこの大工がやった仕事だなというのが分かる。だから「壊していくのも楽しい」のだそう。
また、解体してみると立派な梁が出てきたりと、思わぬ掘り出しものに出会えるのも築古物件ならでは。もちろんその逆もしかり。そのため、着工後に現場状況に合わせて設計変更するのは日常茶飯事。悪い部分は是正し、いい部分はなるべく取り入れていくといった臨機応変な現場対応力が求められます。
プランニングと素材選びへのこだわり
「プランニングをする際に心掛けているのは、なるべくシンプルに既存の家のポテンシャルを活かした気持ちのいい空間をつくること。
それから、間取りの打ち合わせでは『LDKの話はもうやめましょう』ということをよく話します。
将来子供ができることを想定して個室を用意しておくことももちろん大事だけれど、今どう暮らしたいかのほうが重要だと思うんです。そのときがきたらそのとき考えればいいじゃないですか」
宮田さんの手掛ける空間は、ディティールの納まりが美しいラワン材や見付けの細い障子など、パッと見ただけで宮田さんらしさが感じられます。その信頼があるから、素材の選定はお任せされることがとても多いのだそう。
「家が建った当時の材をなるべく使いたいんですよね。建具なども既存で使えるものはできるだけ使うようにしています。なければ古道具店で調達したり。タイルはいつも国産のものを使っています。新建材や流行りの材は絶対に使わないですね」
宮田さんが必ず取り入れているのは「ラワンと障子」。
「ラワンは外来材だけど、昔から日本の住宅の下地やドア枠に使われてきているもの。ラワンの持つレトロな印象が一番しっくりくるんです。障子は和室ではなく、あえて洋間に合わせます。既存と新規の材のコントラスト、そして和洋がほどよく混ざり合った空間にしておくと、不思議とどんな雰囲気にも馴染む落ち着く空間になる。そうしておくと、住み続けるうちに家具の好みが変わったとしても全く問題ないんです」
その家の持ち味を最大限活かし切ろうとする姿勢や、暮らしに根付いた昔ながらの素材への徹底したこだわりによって、“宮田さんらしさ”漂うあのかっこいい空間は生まれているんだということが、今回お話をお伺いしてよく分かりました。
家への思い入れがどれだけあるか。
工事費用は決して安くないし、通常より工期もかかる。けれど、新築では決して醸し出せない趣深い“味”のある空間を手に入れることが出来るのが古民家のリノベーション。
ただ、建物自体に不安を抱えるケースが多いため、検討される際には築古物件に長けたプロに依頼をすることがとても大切。素人には難しい判断だからこそ、専門家に相談することをオススメします。
「この家に住みたい」という強い思いがどれだけあるか。それが築古リノベを成功させる一番重要なポイントだと宮田さんは言います。
「そんな思いにはこちらもできるだけ答えたいじゃないですか。だから対象となる家がたとえどんな状態だったとしても、クライアントがやりたいと言うならば、急ぎでない限り断ったことは一度もないですね」
pro list(プロリスト)
toolboxでは、商品を使ってくれたり、imageboxに空間づくりのアイデアを提供してくれる全国の家づくりのプロを「pro list(プロリスト)」で紹介しています。
toolboxの「pro list(プロリスト)」の特徴は、「スケルトンで魅せる」「DIY歓迎」「築古得意」など、各プロの長所や得意技を示す“ユニークタグ”で検索できること。
(「pro list(プロリスト)」については、コラム「家をつくるパートナーはユニークに探すべし!」もご覧ください。)
宮田一彦アトリエ
古家の改修が大好物な鎌倉の設計事務所です。
現状残された要素を自分なりに解釈して住みやすい空間に再構築。 傷や汚れも「味」に思える空間が理想です。 懐古趣味ではないれけど、ベースである古家へ敬意を払う。そんな想いで設計しています。