撮影:Masanori Kaneshita

旅で感じた心地よい非日常体験を、山の家の暮らしに落とし込む

家づくりは3回しないと分からない。一度家づくりをすると、すぐにまた家づくりしたくなる。というのはよく聞く話。

3年前に都内のマンションをリノベしたスタッフ小尾。(その記事はこちら

職場に通勤する平日の夜はリラックスできるしかけをたくさん施した住まいで過ごし、休日は自然の中にある温泉に入ったり、登山に行ったりして、オンオフを整えていました。

数年そうした生活を送るうちに、平日、休日のオンオフを切り替える時間さえもったいないかもしれないと考えるように。家の中の環境を整えるだけじゃなく、もっと日常的に自然の近くで暮らしたい、いまどんな時間を過ごしたいかの気持ちを大切に、そうした暮らしを今すぐに実践したいという思いが膨らみます。

そんなタイミングで、出会ったのが鎌倉の山奥の中古戸建て。立地的には不便なところながら、ここなら理想とする暮らしがつくれそうな予感がしたのだとか。

エリアを限定せず不動産サイトをみていたら出会ってしまった、山の奥の家。(撮影:Masanori Kaneshita )

購入を決断した当初は、鎌倉ならオフィスのある東京・目白までギリギリ通えると思っていた小尾ですが、ちょうどtoolboxでもリモートワークが導入され、毎日出社しなくてもいい働き方に。こうして、在宅で仕事をすることも視野に入れた2回目の家づくりにトライすることになりました。

休みの日には、玄関脇にレンガを積んで花壇をDIY。(撮影:Masanori Kaneshita )

玄関を中心に見て左側がリビング棟。右側は1階に寝室と水回り、2階が夫婦それぞれの仕事部屋と趣味部屋。その二つの棟が渡り廊下でつながった、部屋数の多い家でした。

既存の間取りはいじらず、表層の仕上げを変えていきました。

それぞれの場所でどんな時間を過ごしたいのか。

小尾は、自分の好きな登山や旅行、これまで経験してきた中で自分が心地よいと感じた要素を分解して、素材選びをしていきました。

家には、その人柄が現れるといいますが、この山の家には、どんな風に現れているのでしょうか。

「土間タイル」のステップに「ボールアームライト」をつけた玄関。年季入った玄関扉がお出迎え。(撮影:Masanori Kaneshita )

不便でも、「好き」を重視して素材選び

玄関で出迎えてくれるのは、重厚なアンティークの木の扉。

山の中の家の玄関扉を想像した時、木であることは絶対でした。ただ、新品のキレイなものは絶対にイメージと違う、自然になじむ、朽ちていく途中のような重厚感あるものを…と、探す中、ちょうどよいものをインスタで見かけ、静岡のアンティーク屋さんに買い付けにいきました。

元々ついていたドアノブは気に入らなかったので取り外して、ドア中央についている飾りのドアノブを引っ張って開けているそうです。小尾にとって、自分の気持ちにフィットしたものなら、機能性は二の次。閉める時にちょっと不便でも、毎日出迎えてくれる扉が、気に入ったこの扉であることの方が重要だったのです。

下駄箱代わりにしているのは作業台。靴箱という用途でモノを探すとイメージに合うモノが全然ありませんでした。そこで、使うものだけ厳選して玄関に置けばいい、それなら棚レベルでいいと発想を変えて、作業台の下部に一枚足場板を渡して2段分の靴箱に。これも大きすぎたため、天板をばっさり切り落として使っています。

台が大きすぎて、手前をばっさり切り落とした断面が見えてます。言われてみて気付くレベル。(撮影:Masanori Kaneshita )

この2つがそろったことで、「南仏」というイメージが浮かび上がり、玄関床は石畳に。『チャイナブリック』の大連ホワイトを敷き詰めました。『チャイナブリック』は、基本的に壁用で、滑りにくさなどのケアがされていないので床使いはNGとして売っている商品ですが、「自分でそのリスクを分かっていればいい、基本は家族だけで来客も少ないし」と、そのまま使用。

外で庭いじりをして、泥がついたまま玄関にあがることもあり、土汚れがついた様も味に感じられる、おおらかな雰囲気になっています。何より、玄関を開けた先の山々の景色のすばらしいこと!この大自然と共生することを考えたら、汚れが付きづらいことよりも、多少ワイルドな使い方のほうが似合っているように思います。

ひらめきが生まれる「雑然とした山小屋」

平日、一番長い時間を過ごすのが、2階の一番奥に設けた仕事部屋。

隣接する山肌の緑が窓越しにダイナミックに迫る環境。ここのテーマは、「山小屋」です。

本棚から伸びる『インダストリアルアームライト』を手元灯に。(撮影:Masanori Kaneshita )

登山が好きな小尾にとって山小屋は、冒険心がくすぐられる場所。辿り着くまでに感じる不安や高揚感、訪れた人の痕跡や時間を重ねた佇まい、その未完成で完璧じゃない状態に心惹かれるのだそう。

そんな、雑然とした空間から生まれるひらめきが欲しいと、仕事部屋は、あえて無骨な素材を選び、整いすぎていない状態にしてあります。

足下に使ったのは、ワイルドな『足場板』。窓上に取り付けた本棚も合板を箱状に組んだだけで、小口に仕上げはしないまま。工場のような『ファクトリーランプ』(※廃盤カラー)をベース照明に。机の上には本が無造作に詰まれ、まるで小尾の頭の中を覗いているかのよう。

『突っ張りウォールキット』で有孔ボードの壁と棚をDIY、部屋の用途が将来変わるかもしれないので簡易対応を。(撮影:Masanori Kaneshita )

2階、小尾の仕事部屋のお隣は、夫の趣味部屋。床は、あたたかみを感じる『スクールパーケット』。先ほどの仕事部屋と同じ白い壁の室内でも、床材でこんなに印象が変わるんですね。

廊下続きにある2階のトイレ・手洗いコーナー。『ウェルラウンドシンク』で足元すっきり。(撮影:Masanori Kaneshita )

リラックスして過ごす場所には、カーペットを

仕事から一息つく時の小尾のお気に入りの場所が、2階から屋上へと続く階段。ここには、ウールカーペットを敷き詰めました。

撮影:Masanori Kaneshita

窓から光が差し込む日だまりの中で、気分転換に読書をしたり。階段の折り返し部分がちょうどよい一人ソファー状態になっています。

ただの移動空間となりがちな階段ですが、柔らかい床材に変えるだけで、ちょうどいいおこもりスペースになりますね。

『ウッドウォールパネル』のヘッドボードには、お気に入りの絵を飾って。(撮影:Masanori Kaneshita )

カーペットは1階の寝室でも採用。こちらは深い海のようなブルーを選択。風呂上がりの素足で触れるのが心地よいふかふかのカーペットは、ぐっすりいい夢を見ることができそうです。

ゲストも使う空間は、みんなの居心地も考えた場所

「プライベート部分は、自分の気持ちだけに素直に向き合いインテリアを組み立てたけれど、ゲストの目も意識したこの場所だけは余所行きモードかも」と小尾が話すのはリビング。

勾配天井の吹き抜けからの光が気持ちよく拡散するリビングスペース。(撮影:Masanori Kaneshita )

他の部屋からは玄関と渡り廊下を挟んで別棟になるリビング・ダイニング。あえて雑然とした状態にした仕事部屋とは打って変って、ほっとくつろげる空間になっています。

「ここはゲストを含め、誰もが居心地がいいと思える空間を目指しました。中庭の景色が映えるよう、壁・天井は白ベースですっきりさせています。ゆっくりと楽しむコーヒーが映えるよう、ダイニングテーブルもカウンターも白で揃えています」

床は『スティックフローリング』を採用。細長いオーク材が白い空間に心地よいリズムを与えながら、玄関前の渡り廊下まで続いています。

玄関からリビング側を見た長め。右手には中庭が広がります。(撮影:Masanori Kaneshita )

渡り廊下の向こうにあるのが洗面・お風呂スペース。

ニッチには、『棚受け金物』D60でちょこっと置ける棚を。床は『土間タイル』。(撮影:Masanori Kaneshita )

長風呂派の小尾にとって、洗面空間はお風呂の延長にある大切なリラックスの場所。身体も気分もリフレッシュする空間にしたいと素材を選んでいきました。

洗面カウンターに石材をセレクトしたのは、「裸になった原始的な状態で、石という素材の冷たさを感じたい」という理由から。普通、裸に冷たい石は嫌だと思いそうなものですが、こういう自分独自の感覚を大切にするのが小尾らしいところ。いろいろな温泉をめぐって好ましく思った石の模様を工務店さんに伝え、アフリカから海を越えて調達されてくることに。家が完成しても石がなかなか届かず、3ヶ月ベニヤの洗面カウンターで過ごしていたのだとか。

水栓側の壁に貼った『フロストタイル』は目地無し施工にして、『スクエア洗面器』に『壁付けセパレート混合栓』を取り付けています。

撮影:Masanori Kaneshita

お風呂は、桧に十和田石の浴槽という、和風旅館の温泉のような設え。洗面スぺースからのギャップがすごい!

温泉の、木と石でつくられたその空間の静けさや香りが好きだという小尾。せっかく山の中にある家なのだからと、その要素を自宅にも取り込んでみたそう。

視覚だけじゃなく触感でも、気持ちを切り替えてくれる素材たち

家づくりで素材選びをする際は、膨大なイメージストックから好きな方向性を決め、家全体から細部まで落とし込んでいくことが多いと思います。素材を揃えないと、ちぐはぐになってしまうかも、という懸念もありますよね。

けれど、小尾邸の場合は、全体の調和よりも「その部屋でどう過ごしたいか」という自分の感覚に素直に素材選びをしたことで、場所ごとの個性をもった空間が生まれました。

それぞれの空間は、視覚的な違いだけでなく、足裏や身体で直接触れる素材の肌触りも気分を切り替えるスイッチとなり、一日の中で場所ごとにオンオフが切り替えられる家になっています。

まだ手をつけられていない中庭で、DIYするための木を切るところ。

住み始めて1年半。いまは、朝は近所の山へ小一時間ほど散歩をしたり、昼食後は庭で育てたハーブを煎じて飲んだり、庭の畑を手入れしたり。思い描いていた、オンオフを平日と休日で切り分けない暮らしを楽しんでいる小尾夫婦。最近は裏山の整備や畑の拡張も始めたそうで、毎日の暮らしを自分たちでつくりあげていく充実感を感じているそうです。

自然と一体になった暮らしの中で、今度はどんな妄想が膨らむのでしょうか。これからのアップデートが楽しみです。

toolboxカタログ2021−2022 冒頭で紹介された、この家の妄想イラスト(イラスト:舞木和哉)

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