“雰囲気”は細部に宿る
表面上のデザインだけでなく、そこで過ごす人やその空間のことを考え尽くし、必要な要素のひとつひとつを丁寧に考える。そのプロセスによって生まれるディテールに、人を魅了する何かが宿るのではないかなと思います。
理由はわからないけど、なんだか心地よいといった具合に、ディテールのこだわりを持つプロがつくる空間には、心地よさを感じるさりげない仕掛けが随所に散りばめられています。
今回は、そんなこだわりを持った『田中裕之建築設計事務所の田中裕之さん』にインタビュー。一見しただけではわからない、空間に潜むこだわりを、事例を参考にしながら伺っていきたいと思います!
建物と素材に真摯に向き合い、居心地をつくる建築家「田中裕之さん」
今回お伺いしたのは、建築、インテリア、家具、プロダクトをベースに、多岐に渡る設計活動を展開している、『田中裕之建築設計事務所』の代表、田中裕之さん。
遊び心やユーモアを駆使しながら、その土地の気候や風土に敬意を払い、建築素材と共鳴させることで、普遍的な美しい空間をつくっています。
そんな田中裕之さんの空間づくりへのこだわり。それは、パリで仕事をしていたことも大きく影響しているのだそう。
一つは、素材と向き合う姿勢。「スチレンボードで模型を作ることは学生時代もやっていたけれど、パリで勤めていた事務所では実際の素材を使って、必ずモックアップを作って確認していました。素材自体の持っている色とか、肌理とか、硬さ、明るさなど。素材の持つタグを分解して、何を使うか丁寧に決めていく」今でも、デザインを決める際には出来るだけモックアップを作っているのだそう。
もう一つ、日本との違いで感じた部分は、価値の見出し方。「残していいものはきちんと残しているんです。日本では、時に残していいものまで捨ててしまうこともある。全部保存することがいいとは思わないけれど、価値の見出し方がフランスと日本では違うような気がします」
たしかに、田中さんの手がけるリノベーションは、多少手間がかかったとしても建物の歴史や「記憶」を残す選択をされている印象があります。
プールがカフェに。KIRO 広島
「KIRO 広島」は、広島市中心部に建つ、かつてはリハビリ専門の整形外科病院だったという建物をコンバージョンしたホテルの事例。建物の記憶を引き継ぎ、病院だった時代の痕跡を丁寧に扱うことで、ここにしかない空間をつくり上げています。
もっともそれが顕著に現れているのは、3階の元はリハビリ用プールだったというカフェ空間。その名も『THE POOLSIDE』。
設計段階では運用上プールの縁を壊したほうがいいのではないかという議論もあったそうですが、
無くしてしまうと元の建物の「記憶」がなくなってしまう。そのため、どうやって残すかを丁寧に考えて、プロジェクトチームに説明をしていったと言います。
「プールに行ってプールサイドに座る」という行為。それを残すために、プールの縁はそのまま残し、ベンチにしています。プールに降りる手摺やタイルも残されています。プールの面影を感じることで、建物自体にも興味が広がっていく。「プールがカフェになった」という印象を強めることで、思わず写真を撮りたくなる景色が広がります。
「やりすぎるとつまらなくなっちゃうので、痕跡の残し具合は現場でかなり考えました」
田中さんがデザインを決める際に気をつけているのは、「なんとなくの感覚できめない」ということ。建築の場合、何人かでチームを組むし、クライアントもいる。自分だけでやっているわけではないので、必ずその提案に至った理由を言語化するのだそう。
そうすることで、関わるメンバー内でも共通認識ができて、ぶれない空間に仕上がるのだといいます。「この線、かっこいいだろ?とはやりません」と、笑う田中さん。
光と風が通り抜ける、回遊性ある間取り
続いてご紹介するのはマンションリノベーション事例です。
「3面開口のある住戸を個室で区切ってしまうのはもったいないので」と、水周りの機能を中央にぎゅっとまとめた、回遊性のある間取りで、光と風が気持ちよく通り抜ける住まいをつくりました。
「この家、どこに冷蔵庫があるかわかります?」と田中さんに質問されたのですが、そういえば……と見回しても冷蔵庫が見当たらない。
なんと、このおうちの冷蔵庫は、中央の箱の通路出入口にある引き戸の後ろに、ひっそり隠されているんです。
「1日24時間のうち、中央の通路にある洗面や水回りを隠したいと思うのは、お風呂に入るときくらい。それ以外は、引き戸を開け放すことで、空間の邪魔になってしまう冷蔵庫がうまく隠れるようにしたんです」
また、戸当たりとして取り付けた木の角材を、箱の周囲にも取り付け、空間のアクセントにすることに。
角材の間隔は、ゆくゆくは棚受けを付けられるようにとの配慮から、壁に設置した可動収納に合わせたのだそう。
材を床から天井まで通さず、上下に隙間を設けた理由を伺うと、「床まで延ばしちゃうと掃除がしにくいでしょ?」と田中さん。天井側の隙間は床側に揃えたのだそう。なるほど、フィーリングだけでは決めないという言葉の通り、ここにもちゃんと理由がありました。
床に座って食事をしたり、くつろいだりするクライアントの生活スタイルを考慮して、なるべく床を広く残すよう浮いたように設置されたリビングのソファ。
ソファの背面の段差には、携帯を充電できるようにとコンセントが設置されています。見た目の美しさだけでなく、機能的なこともしっかり考えられています。
荒々しい躯体にやわらかい木を合わせた、コントラストが映える家
続いてご紹介するのは、粗々しい躯体の表情に、シナや杉といったやわらかい印象の明るい木目の材を合わせ、上品な雰囲気に仕上げたお家の事例です。
「床のレベルを変えることで、ゆるく空間を切り分けました」と田中さん。
オープンな収納や壁に設けられた開口、床の段差など、雑多な印象にもなりかねない要素が混在しているにも関わらず、整然とした印象にまとまっているはなぜなのか。不思議に思って設計のコツを伺うと、「キッチンのワークトップや玄関収納、洗面の高さを揃えているんですよね。見えない線で緩やかに規律をつくることで、整った印象になるようにしてます」
たしかに、レベルの違う床に設置されたそれぞれの什器の高さが揃えられています。家はくつろぐ場所だからなるべく“ノイズ”がでないようにと、心がけているのだそう。
細部に至るまで、丁寧に導いてくれるプロ
空間づくりはとても奥が深いもの。優れたこだわりほど、そこだけに意識が向かないようにさりげなく空間に馴染むように取り入れられるため、一見しただけではわからないことが多くあります。
そんな素人には見えにくいところまでも、決して手を抜かず、きめ細やかな配慮をしてくれる田中さん。
こだわりが強い設計事務所に「自分なんかが相談してもいいのかな?」と不安になってしまう方もいるかもしれませんが、そんな心配は無用です。クライアントが望むひとつひとつの要望を丁寧に紐解きながら、一緒になって心地よい空間づくりに向き合ってくれるはず。
pro list(プロリスト)
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(「pro list(プロリスト)」については、コラム「家をつくるパートナーはユニークに探すべし!」もご覧ください。)
田中裕之建築設計事務所
建築、インテリア、家具、プロダクトをベースに、多岐にわたる設計活動を展開。一つひとつ丁寧に(遊び心やユーモアも存分に駆使して!)、建築の素材と風土の素材が共鳴し、長い時間をかけて風合いが増すような美しい空間づくりを心がけています。