向坂さんと矢野さんの出会いは武蔵野美術大学時代。

向坂さんのお父様はゼネコンに勤め、矢野さんのご実家は設計事務所を営んでおり、どちらも建築に関わる環境で育ってきました。子どもの頃から「絵が好き」という共通点があった二人。デザインに興味を持って美大への進学を決めたことが、二人の出会いのきっかけになったそうです。

左:向坂さん 右:矢野さん

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どんなきっかけで、ご夫婦で一緒に仕事をするようになったのでしょうか?

向坂さん

幸いなことに、組織に所属していた頃は前線でたくさんの設計業務を担当させていただきました。デザインの幅や現場施工の知識など幅広く習得させていただきました。数年が経ち、もう少し自分を試したいという気持ちが強まり始めた時に、矢野から「独立したら?」と一声かけられ、一緒に向坂建築設計事務所を立ち上げる決意をしたんです。

矢野さん

独立時に周りの方々に気にかけていただき、今の仕事に繋がっています。向坂は無理に人間関係を築こうとせず、一人でいることを好む傾向があり心配に感じることもあるのですが、その自分に素直な姿勢が良い影響を与えているのでしょうか、自然に人とのつながりが深まり、仕事にも良い結果をもたらしていることに感心しています。

向坂さん

普段こんなこと話さないけど、僕も矢野のブレなくて芯がしっかりしてるところを尊敬しています。

お二人のキャラクターは、私たちも会話から感じることができました。

向坂さんの格好つけずにありのままにエピソードをお話ししてくれる姿。それを矢野さんがその時の背景や具体的な情景をプラスしながら、私たちがより共感できるように噛み砕いて伝えてくれます。そんな二人の会話に私たちも自然と親しみを感じ、どんどん会話が弾んでいきました。

柔軟なスタンスで相手を尊重する二人の人柄が事例にも現れています。

振れ幅のあるテイストの裏にあるもの

向坂建築設計事務所が手掛けた設計事例。

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設計する上で一番何を大事にしていますか?設計事例を見ていて、内装のテイストに振れ幅があることに興味を持ちました。

向坂さん

その空間を使う人の個性が出るようにしたいと思っていて、空間は出来るだけシンプルに、美しいプロポーションにすることを重視しています。

例えば人なら、体つきの均整がとれていたら、どんな服装をしても似合いますよね。建築や空間も同じで、今の流行を意識したり感じながらも、機能と空間の美しさが出るようなプロポーションづくりを意識しています。

空気が流れるよう空間を区切りすぎない、全ての場所に用途が発生するようにする、表層の素材で誤魔化さず真っ白にしてもかっこよく見える骨格、といったことです。

そこに、どのように素材を使って整えていくかを考える。人によって、感受性や好みは違います。暮らし方や大事にしたいものも違ってくるので、そうした好みや大事にしたいものを、どう空間の中に取り入れていくか。そんなふうに考えて設計しているので、出来上がった空間は、テイストの振れ幅が大きいように見えるのかもしれません。

設計者の意図を主張するのではなく、使う人の暮らしが引き立つことを意識し、プロである自分がすべきことに徹する。そんな裏方役に徹しようとする姿勢を向坂さんのお話からも感じます。

美しいプロポーションづくりと住まい手の好みの取り入れ方について、向坂さんが手がけた実際の事例で見ていきましょう。

骨格のプロポーションへのこだわり

ガラスの間仕切り。

こちらは、ガラスの間仕切りとガラス越しの階段が特徴的な事例。既存の階段をモルタルで整えて、そのままでインテリアとして成り立つ美しい姿に。

モルタルの階段、スチールのフラットバー、窓の柵、電気の配管やスイッチ、見えているそれぞれのラインの印象に気を配り、たくさんの要素がある中、全体にすっきりとした統一感をつくり出しています。また、ガラスの間仕切り、階段下のスペース、奥の玄関へと続く抜け感をつくることで、広がりを感じさせています。

続いては、多くの情報に囲まれた都会の生活の中で「素に戻れる場所」として、ノイズのない禅的な空間を目指したという事例。

間仕切り壁とガラス壁の水平・垂直のラインが美しく際立ち、それだけでその場を成立させる。リビングに走る間仕切り壁の上部に抜けをつくることで、空気の流れや視界の広がりを感じさせてくれます。できる限り素材感や色という情報をなくしてつくり上げた真っ白な空間は、「骨格のプロポーション」をダイレクトに感じることができます。

共通して感じるのは、空気の流れや視界の抜け感が重視されていること。そして、その納まりや見え方には余計な細工がなく、機能という要素だけが、シンプルにそこに存在します。

骨格がしっかりしてれば、その上にのせる素材やパーツ、暮らしの中で置かれてく物たちが際立つ。向坂さんの設計思想が体現されています。

住まい手の好みや感受性ののせかた

下足棚の下に間をつくり、抜け感を生んでいます。

玄関からリビングを見渡す。

GLボンドの荒々しい跡の残るコンクリート躯体やブロックに、モルタル、ラワン、スチール、鏡という異素材を組み合わせて構成された空間。こちらの住宅には、ファッション関係の方が住まわれるのだそう。

姿見でもあるミラーは、床から天井までいっぱいに張ることで「鏡」としての存在感を主張せず、空間に奥行きを生む素材になっています。ラワンの引き戸は壁面と同じサイズにして、開けた時は「ラワンの壁」として見えるように。コンクリートブロックと合わせてラワンの棚板を同じ水平ラインに揃えていくことも、気持ちよさを感じさせる要素になっています。また、棚板や下足入れの下に絶妙な配分で取り入れた黒皮鉄が、この空間に住む人のキャラクターを想像させるアクセントにもなっています。

空間を使う人が好む要素を、骨格の上に調和するようにのせていく。異素材の組み合わせが、チグハグにならずに溶け込んでいるのは、骨格のプロポーションが整っているからこそ。

リビングに配置されたウォークスルークローゼット。

和の要素を取り入れた細い格子を使って間仕切り壁に。

こちらの事例では、リビングに間仕切り壁を立て、その裏をウォークスルークローゼットにしています。間仕切り壁の上部は空いていて、空気や気配の通り道に。そこへ、モルタルや土間、濃いブラウン、格子といった要素をプラス。白の素材でも成り立つ空間構成の上に、住まい手の好みである「和」を軸にした素材を組み合わせているのが伺えます。

使う人の個性をどのようにして形にしていくかについては、とにかくたくさん会話をして、住む人の日々の暮らしの中にある「こう有りたい」という軸を、一緒に見つけていくのだそう。
そこから、向坂さんがイメージに添う具体的な材料を提案し、空間をつくり上げていくそうです。

○○風という概念に縛られず、全く異なる素材の組み合わせでも、まずは並べてみる。そしてもうひとつ、向坂さんが大事にしていると言うのが、「時が経過しても味わいが増す空間」であること。それを念頭に置いて素材を選び、その配分、空間への落とし込み方を考えていく。この部分は、向坂さんがこれまでに経験した店舗設計や住宅内装などで培った感覚で、最適解を見定めていくそうです。

自らの暮らしでも実践してみる

ご自宅のリビング。

こちらは向坂さんのご自宅。築50年を超える団地です。
横浜の高台にあり、四方を見渡せる眺望に惚れ込んで購入したと言います。

不規則な生活サイクルになりがちな建築の仕事をしてる夫婦、成長とともに自分のスペースが欲しくなるであろう子どもたち。そのときどきの暮らしの変化にフレキシブルに寄り添っていける、そんな住まいが理想だったそう。

70平米の2LDKだったところを、壊せない壁以外はドアも間仕切りも無くし、ワンルームにしました。

玄関先にある畳の小上がり。

浮いた収納ボックス。

玄関を入って目の前にあるのは、寝室として使っている畳の小上がり。ホールとの間に浮かんでいる黒いボックスは収納で、上と下にスペースを空けて抜け感をつくると同時に、閉じなくても独立感が得られるスペースにしています。

そんなひと続きになってる空間の中に、杉無垢フローリング、パーケットフローリング、モルタル、畳、ラワンの天井、白塗装の天井と、たくさんの異なる素材を使うことで居場所をつくり、場所ごとに違う居心地を感じながらも常につながっている、そんな空間になっています。

「ありのまま」を大切にする

実は数年後には、矢野さんは実家の家業のことも考え島根に戻るんだそう。

夫婦それぞれが横浜、島根に拠点を持ち、2拠点での仕事と生活が始まることになります。「先のことはわからないけど、そのときどきに起こる偶然の出会いに身を任せていく」とお二人は言います。

「自然体」を大事にしているお二人らしい言葉だと感じました。

向坂さん

そこに暮らす人の好みや感受性、日々の暮らし方が結局は一番大事。だからこそ、住む人の個性が引き立つように、その土台となる建築のプロポーションを大事にしたいと思っています。そうした住まいと暮らしを自ら体現してみることは、暮らしのあり方やそれを実現するための材料について日々考え、着想を得ることにつながっています。

今後の二人の活動がどうなっていくのか楽しみです。

向坂建築設計事務所から見える横浜の眺望。

pro list(プロリスト)

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(「pro list(プロリスト)」については、コラム「家をつくるパートナーはユニークに探すべし!」もご覧ください。)

向坂建築設計事務所

住宅や店舗、オフィスの新築やリノベーションを手掛けます。
空間の持っているポテンシャルを最大限に引き出しながら、言葉にすることが難しい部分を捉えて形にしていくことを大事にしています。