SPIN-OFF第1号は、キッチン設計の自由度を広げる換気扇アイデア

キッチンの設計、特に対面キッチンを設計している時に悩ましいのが、レンジフードの存在感。せっかくリビング側との一体感を出したいと思っていても、レンジフードの存在で視界が遮られてしまう……というお悩みに直面した方もいらっしゃるのではないでしょうか。

その解決法として生み出されたのが、換気扇を天井に埋め込んで、整流板を兼ねたカバーで目隠しして、すっきり見せるというアイデア。

天井スリットファン
天井スリットファン
¥72,000
煙を吸う天井
天井面にすっきりと納められた埋め込み換気扇。レンジフードを付ける代わりに、細いスリットと整流板が見えるだけ。視界を遮らないキッチン空間が実現できます。

生みの親は、大阪を拠点に数々の住宅を設計してきた建築事務所・ホリベアソシエイツの堀部圭一さんと直子さん。2022年秋に行った、建築家が設計した家から生まれた「誰かのためのデザイン」を商品化して、広く届けたいという「SPIN-OFFプロジェクト」に応募いただき、共同開発での商品化が実現しました。

普段の設計業務と、toolboxとのプロダクトの共同開発はどんな違いがあったのか。自分たちのアイデアが他の設計の方に広がっていくことへの思いなどを、今回共同開発を担当したtoolboxの椎野将志を交えてインタビューしました。

一番左が、toolboxで「フラットレンジフード」「オーダーレンジフード」などオリジナルレンジフードを担当してきた商品開発担当 椎野、右がホリベアソシエイツの堀部圭一さんと直子さん。

きっかけは、中庭を囲んだキッチンの設計から

ー 「天井スリットファン」のアイデアは、最初、どうやって生まれたんですか?
圭一さん

2010年に設計した家が最初です。中庭をぐるっとロの字に囲んだプランで、天井高があまり高くとれないけれど、キッチンに立った時に真っ正面から中庭を見たかったというのが、動機ですね。

「はつが野の家」写真提供:ホリベアソシエイツ 撮影:市川かおり

圭一さん

ご自宅でお料理教室をされる方だったので、キッチンの周りを数名で取り囲んだ時に、レンジフードの大きな塊が上から降りてくるのはわずらわしいなとも思って。

キッチンをはさんで手前のダイニング、奥のリビングに分かれる。「キッチンは2つの空間をつなぐ場所として、天井になるべく余計な存在感をだしたくなかった」と直子さん。(撮影:市川かおり)

椎野

「天井スリットファン」プロダクトストーリーで登場するお家も、玄関入ってリビングドアを開けると、最初にキッチンが出てきて。いきなり目の前に大きいレンジフードが出てきたら、やっぱり違うじゃないですか。「天井スリットファン」があるからできたプランだな、設計の可能性が広がってるなぁと感じて。今回、建築家の設計した家を作品と呼ぶならば、その作品づくりの手前のパーツづくりの部分をご一緒できたのがすごく楽しかったです。

リビングドアを開けるとこの光景が目に飛び込んできます。奥のお庭までパッと視線がいくのも、レンジフードがないすっきり天井のおかげ。

この家のCG比較シュミレーション画像。(ホリベアソシエイツ提供)

10年前には、すでに意匠登録済み。商品化への野望が?

ー そこから10件以上、定番の空間解決法としてこのアイデアを使って来られたんですよね。初期の頃から商品化への野望があったとか。
圭一さん

そうですね。10年前くらいに意匠商標登録をしました。当時、全国の新築戸建ての年間着工件数80万戸のうち建築家の設計した家は1〜2%しかないと知って。もっと建築家との楽しい家づくりを知ってもらいたい。その裾野を広げるために、この換気扇アイデアを商品化して、他の建築家の方にも安心して使ってもらえたらと思ったんです。某大手メーカーさんに売り込みにも行ったんだけど、当時は全然相手にもされなくて(笑)。自分たちで商品化しようかと直接知人の金物屋さんに話をしてみたりもしたんですが、金額的になかなか難しくて。

そこからは、設計の案件があるたびに、現場造作で「天井スリットファン」をつくるということだけやっていましたね。

ー 2022年のSPIN-OFFの応募は、たまたま知ったんですか?
圭一さん

はい、toolboxからは、スイッチとか『アイアン塗料』を、購入して使ったことがあって存在は知ってました。フォローしていた公式のSNSでアイデア募集しているというのを偶然みかけて、これは絶対いける!と(笑)最初はスタッフに任せてたけど、居ても立っても居られなくなって、結局自分でエントリーしました。

椎野

(笑)いやー本当に、ありがとうございます。

家ってもっと自由でいいのに、日本だと建て売りが主流で、みんな同じような形のレンジフードで……本当はキッチンが変わったら家だって変わるはず。でも、キッチン空間が変わるためにはレンジフードが変わらなきゃいけないっていうのは、ずっと課題としてあったんです。

だから、SPIN-OFFの応募で、キッチンのレンジフード問題に対して、こんな回答をしてるんだ!っていうのが、結構衝撃で。考えついても、自分ならやらないわって感じだったんですよね。

圭一さんは、建築家としての熱い思いと、めっちゃ商売人気質な面を合わせ持つ大阪人。

とにかく楽しい連発の打ち合わせ 。toolboxとの商品化への動きについては、夫婦で一致団結!?

ー 今回、初顔合わせから約1年の開発期間中、試作を数回もつくってテストをしてきたわけですが、どうでしたか?普段の設計のクライアントさんに1:1で向き合うのとは、また違った苦労があったかと思います。
圭一さん

設計は2人でやっていると、(直子さんが)こうしたいという思いが強いと、全く言うこと聞かない。僕が納得しなくても、(直子さんが)勝手に許可なく進めてくんですよ(笑)。そういう意味では、今回、toolboxという第三者が入ることによって、我々2人は、ベクトルを合わせざるを得なかったんです。それが、良い結果に導かれていったのかなと思いますね。

商品化にあたっては、元々ホリベアソシエイツがオリジナルでつくられていた形状を元に、椎野の方で点検口を横に付けないといけない、全体サイズの問題から当初より換気扇本体のサイズを1周り小さくする等の必要条件を加味して調整させてもらいました。サイズは換気扇の横に点検口がくる分、長方形にならざるを得ず、当初のプロポーションと変わってしまいます。でも、まずはそれで、試作品をつくってみることに。

造作でつくっていた商品化前のもの。

試作段階の点検口付き長方形バージョン。

ー 形は、最終的に正方形になったわけですけど、長方形はやだな......というのはあったんですか?
圭一さん

いや、それは全然なくて。やっぱりメンテナンスのことを考えて商品を売るなら、点検口はいるし、長方形も仕方ないかなという思いで、打ち合わせに挑みました。

工場での初回打ち合わせ。開始から30分経過、誰も席に座らないまま白熱する様子。椎野が議論しながらすごく楽しそうなのが印象的でした。

椎野

ただ、打ち合わせしながら、長方形だと、コンロの上に設置する時、センター合わせにするのか?見た目も方向性が出るよね、みたいな話は出て。工場の方に、加工に必要な間の最低寸法とかを聞き出したら、その場で、堀部さんが、やっぱり正方形でもいけるんちゃうかと検討を始められたんですよね。

iPadに書き込みながら、もう少し寸法が詰められないかと、ぐわーっと計算しはじめた圭一さん。

見上げた時に、整流板を支持する金具が見えず、キレイに見えるようにと、金具やカバーの折りの形状にもこだわりました。

椎野

結果、オリジナルの50cm角から少しサイズアップした54cm角、点検口付きの商品が完成できました。

先日、オフィスで完成版のモックアップを組むのに、いつもお願いしている電気屋さんを呼んだんです。電気屋さん、点検口、大絶賛してましたよ!

あの点検口のサイズもすごく悩んだじゃないですか。点検口がない現場もあるけど、これならすごいやりやすいって。

実際にダクトにテープを巻くシュミレーションをしてみて、点検口をもう少し小さくできないかと確認しているところ。

10件以上導入してきてはじめての、高負荷な煙捕集試験に立ち合ってみて

直子さん

本当に意外な事にと言ったらあれですけど(笑)、おかげさまでこれまで吸い込みが悪い等のトラブルもなく来ていまして。換気扇の下でタバコの煙を利用して、煙の流れを見るというようなことはやってましたが、こんなにモクモクと煙の負荷を掛けて吸い込むところを見たのは初めてでしたね。

しっかり安全対策をした上で、大量の線香を燃やして煙を発生させ試験を行いました。

圭一さん

いままで整流板は、奥の換気扇の樹脂製のカバーを見せないためのもの。8割見た目!くらいな気持ちでやってました。吸い込み力を上げるという部分に、あまり意識もしてなくて。ただ、あんな、火災レベルの煙でちゃんと吸ってるのを見て、整流板がついたことでのベンチュリー効果(ホースの出口をつまんで細くすると、水が遠くまで飛ぶように、空気や流体の流れを絞ると、狭いところを通過するときに流速が上がるというもの)なんだろうなって。

整流板ありの方が、煙が回りにこぼれ出ず吸い込まれていく様子が分かります。

椎野

僕ら、他でもレンジフードつくって煙の捕集試験をしてますけど、広がって周りに漂っていこうとする煙も、整流板があると、最後にひゅっと吸い込んでくれるんですよ。整流板って見た目だけでなく、ちゃんと吸い込み力をアップさせる効果があるんですよね。

商品の価値観を共有できたから、開発過程を楽しめた

ー これまで設計ユーザーとして見ていたtoolboxと、今回、中のスタッフの実態を見て感じたギャップとかはありましたか?
直子さん

最初、セレクトショップっぽい印象はありましたね。そこからオリジナルキッチンとかも出されたりしてますが、商品開発でどこまで実際の中の人が関わっているのかなど、想像できないところはありました。

今回ご一緒にやってみて、本当に楽しんでつくってるんだなと思いました(笑)こんなに楽しんでもらえたら、こっちも嬉しいなって。

椎野

いやー今回は特に商品がよかったから(笑)

2023年8月、猛暑の中、仮の天井を張って試作品の取付テストをしてみているところ。この時も椎野が汗だくになりながら、「たのしー」と言っていたのが直子さんは印象に残っていたそうです。

椎野

なんだろう、やっぱり、この商品は、特に楽しいんですよ。なんていうか、価値が分かりやすいんだろうな。見た目の好みとかじゃなくて。

圭一さん

僕はどちらかというと、レンジフードに懐疑的で。レンジフードって、換気扇は3〜6万でしか売れないけど、ちょっと工夫して30万で売ったれっていう売り手側のマーケティング手法だ、だから絶対だまされたらあかんっていうのはあって。

椎野

いやいや、だましてないです(笑)。要は、吸って吐けばいいんですよね。外に煙をだせばOKで、あとは煙の中の油をどう取るかだけの話なんで。これは、そういう意味で、今回の商品は、確実にキッチンの設計が自由になるし、空間が変わるなっていうのが分かりやすい商品なんで、多分すごく楽しかったんだろうなって思います。

作品づくりに向き合ってるような設計事務所の方に向けての思い

椎野

前職で設計事務所に居たときは、実はtoolboxに良い印象がなくて。例えば、テーブル脚とかスイッチとか、現場ごとに考えて詳細図描いてたけど、toolboxには似たようなものが既に売ってる。toolboxは儲かるけど、僕らはいくら図面描いても儲からないなぁってぼやいてました(笑)

でもそうじゃなくて。建築家のクリエイティブと、toolboxのマーケット、販売の知識、製造ネットワークとかを重ね合わせることで、お互いメリットある形に持っていかないといけないよなぁと。

SPIN-OFFプロジェクトの時の建築家のアイデアが商品化され、沢山の方に使われていく概念図。

ー 「天井スリットファン」は、いままでは、堀部さんたちだけの空間解決のアイデアでした。最後に、今回商品化することで、他の設計のみなさんも、どんどん真似してくださいという状況になるわけですが、それについては、どう思っていますか?
圭一さん

真似してください。どんどん真似していただいて、たくさん売れたら嬉しいなっていうのはあるんですけど、それが、ホリベアソシエイツが大元のデザイン!っていうよりは、作者の名前がない、アノニマスな方がよいのかなとは思っていて。例えば、世界的に有名な建築家とかだったら、○○さんがデザインしたやつやで!と、話題になるかもしれないですけど(笑)。

椎野

そうですね。今回に関しては、商品に作品性はいらないと思ってます。やっぱり、作品自体は建築なんですよ。堀部さんの建築って、真似できないというか、ちゃんと建築に向き合ってないと作れない作品性があって。

「天井スリットファン」は、設計の可能性が広がる商品だと思うんです。だから他の設計事務所はもちろん、地場の工務店さん、リノベ屋さん、たくさんの設計士の方がこの商品を使って、今までできなかった新しい空間をつくっていけば、日本の住宅のキッチンってもっと多様性に富んで楽しくなるんじゃないかな、と期待しています。

今回、最初の堀部さんたちとの顔合わせから、商品の発売までの約1年間、並走して取材をしてきました。

「これが気に入ってる!料理も毎日しっかりつくってて問題ない」と、既に使っているお客様からのリアルな声を実際聞けたことも、早く商品化して、他のみなさまに使っていただきたいと思える原動力となりました。

そのお客様の声は、「実際どうなの?「天井スリットファン」5年目の使用感とお手入れ事情を徹底レポート」でご紹介しています。レンジフードと比べた時のメリットデメリットを理解した上で、自分たちが何を良しとするかを見極めてみてください。

その上で、この「天井スリットファン」を使ってみたいと思ってくださったお客さまと、それを形にしてくれる、建築家、工務店の方たちによって、また新しいこだわりのキッチン空間を実現できる日を楽しみにしています!

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紹介している商品

株式会社Horibe Associates / ホリベアソシエイツ

堀部圭一・直子が主宰をつとめ、大阪を拠点に活動する建築事務所。個人宅を中心に集合住宅やオフィス、学校、店舗に至るまで、数多くの設計を手がけ、コンセプトは凛とした個性のあるミニマルな建築。施工現場の品質監理にも定評があります。「天井スリットファン」の開発パートナー。

テキスト:来生