自ら設計したキッチンは、デザイン家具に負けない存在感です。

思い出の景色を使ってみたかった建材が彩る

東京都心から電車で1時間という都心と程よい距離感の土地に、夫婦と子ども1人、猫1匹で移住しました。家を建てたのは、大迫が小さい頃からあったという林の中です。

畑や林が広がるのどかな土地に馴染む三角屋根のお家です。

「昔はこの林で遊んだりもしてたんです。実家がすぐそこにあって、この土地も元々持っていて。この辺りが都市開発されて、暮らしやすくなったり、都心へのアクセスがかなり良くなったことをきっかけに移住しました。昔は駅まででも車で30分くらいかかったから、昔のままだったら住めていないかも」

toolboxの商品開発担当として、照明やキッチンなどのデザイン設計を担う大迫。それまでは、店舗デザインの仕事を長年手がけてきました。

青々とした緑がモノトーンでまとめられた内装に映える。景観を取り込んだつくりです。

周囲を囲む林は、林業屋さんが植えたケヤキ林。林の真ん中の通り道は、大迫の一番お気に入りの景色です。

「家を建てる場所は、キッチンやダイニングからこの景色を眺めたくて決めたかな。昔からあるこの景色を見れる位置にしたかったんです」

林の中に家を建てるということで、大迫の家づくりは樹齢50年ほどもある大木の抜根から始まりました。

当時6歳の子どもと樹齢50年ほどの大木。「職人さんに依頼して整地してもらいました。よくモグラが出るんだけど、これだけ深くまであった木を抜いたらそりゃモグラもいるよね」

家づくりのパートナーとして選んだのは、大手ハウスメーカー。

「最初は設計事務所に依頼することも考えたけど、近くに良い設計事務所がなかったのと、コストと機能面のバランスを考えて。でもこだわりたいことはあったから、それが可能かどうかを確認して大丈夫と言ってくれたところにお願いしました」

ハウスメーカー標準仕様の大きな窓の前は、愛猫・漱石の特等席。いつも昼くらいに起きてくると聞いていましたが、この日は夕方までぐっすり。

建具などハウスメーカーの標準仕様からしか選べないものもありましたが、照明や壁材、パーツ類などは施主指定が可能でした。

toolboxで国外問わず色々なアイテムをセレクトしたり設計している大迫。自分で使いたいと思っていた建材があちらこちらに。

玄関を入ってすぐの手洗いには、照明はtoolboxで商品開発を担当した『ミルクガラス照明』のブラックを。気になっていたというタイルのようなスイッチはドイツ製です。寝室には『クラシックリブパネル』でヘッドボードを造作しました。

ツヤのあるブラックと濃い色の木を合わせてミッドセンチュリー風に仕上げた一角。水栓は『スパウトレバー単水栓』、天板は『フリーカット無垢材』のチークを使用しています。

ムラのある表情が気に入っていると話す「クラシックリブパネル」は大迫家の雰囲気によくマッチしています。

家族に助けられながら偶然が形になった奇跡のキッチン

実はフードスタイリストのアシスタント経験もあり、過ごす時間が長いというキッチンには一番熱量を注ぎました。

オーダーメイドのシステムキッチンなども検討したそうですが、理想と予算に合うものが見つからず。施主支給は基本的にNGでしたが、どうしても譲れなかった大迫は“キッチンを自分でつくる”という選択をします。

お気に入りの景色はキッチンからも望めるように。

「粘り強く交渉したら営業さんが頑張ってくれて、保証は効かないという条件付きで造作工事ごと施主支給という形にできて。他の人におすすめできるやり方ではないのだけど、自分でキッチンの図面を引いて、造作してくれる会社に依頼するという形で実現できました」

キッチン壁には『T番タイル』を採用。最初は別のタイルを貼っていたが表情が空間にマッチせず「後悔したくない」と竣工前に貼り替えたそう。

「リビングと距離が近くて子どもの姿が見えるキッチンにしたい」とつくったのは、北欧家具をメインに構成したリビング・ダイニングのインテリアに馴染むⅡ型キッチン。

子どもに背を向ける時間が少なく済むように、より長い時間使うシンクをダイニング側にしました。

リビング側は勾配天井にして開放感を出して、ダイニング・キッチンは天井を下げておこもり感を。

リビング・ダイニング・キッチンが三角形になる配置も叶えたかったポイント。

「前住んでいたマンションはLDKが縦に並んでいたんだけど、この配置の方が家族がどこで過ごしていても距離が近いのがいいなって」

キッチンは、ブラックのリノリウム天板に『クォーツシンク』と『キッチンディスペンサー』を合わせました。マットなブラックは空間を引き締めつつもやわらかな印象があり、外のグリーンによく似合います。

念願だったミーレの食洗機も取り入れました。「洗い残しもなくて本当に便利。心からおすすめしたい」

そして、丸く切り欠かれた把手がアイコニックなキャビネットははるばる海を越えてやってきたもの。

「キャビネットの面材は、キッチンのイメージを探している時に、Instagramでたまたま出会ったデンマークのメーカーから個人輸入しました。日本への輸出はしてもらえたけど受け取りの手続きは自分でやらなくちゃいけなくて。姉が輸入関係の仕事をしていたので相談にのってもらって、関税などはクリアできたんです」

白の面材が丸く折り込まれた先に木目が覗いています。他では見ないデザインに一目惚れ。

日本に届いたのは注文の7ヶ月後。届いただけでもホッとしたそうですが……

「やっと来たと思ったら、パレットに乗った状態で届いてしまって。どうしようと思ったけど、実家にたまたまパレットを下ろせるフォークリフトがあって受け取れました。実家は工場をやっているからフォークリフトを日常的に使っているんです。キッチン施工までの数ヶ月間は実家で保管してもらって。そんなシチュエーションは滅多にないですよね。奇跡とも言える偶然が重なって完成したキッチンなんです」

パレットにのってデンマークからやってきた面材。色々な苦難を経てやっと手元に。

自然素材でつくられているリノリウムの天板は、キッチン造作を依頼した会社に手配してもらいました。傷がついても馴染んでいくところや、少し丁寧に扱わないといけないところが気に入っているそう。

「完成したキッチンには満足してる」と語る大迫。自分でつくったからこそ、ひとしおの思い入れがあるのでしょう。

キッチンの施主支給、というよりもはや“キッチン製作を自分で手配する”スタイルはかなりの特殊解ではありますが、機能面とインテリア性を両立するキッチンづくりは、料理とインテリアデザインを深く理解している大迫ならでは。

「最近は大したものはつくらないけどね」と言いつつも取材時も軽食にと素敵なサンドイッチをつくってくれました。

流行りでも誰のためでもなく、自分たちが長く住んでなおいいと思えるものを

家具や照明のほとんどは家づくりを機に思い切って揃えました。ダイニングは、CARL HANSEN & SONのエンブレイステーブルに、Yチェアやセブンチェアなど北欧を中心にヨーロッパの家具が並びます。ペンダントライトもルイスポールセンのもの。

あえてデザインをバラバラにしたダイニングチェア。毎回どれに座るか家族みんなで選んで座っているそう。

「昔から北欧インテリアが大好きだったわけではないんです。もちろん素敵だとは思っていたけどこだわりがあったわけではないし、ヴィンテージ品を集めたりするタイプでもなくて。店舗デザインの仕事をしていた時はハードワークで、仕事のためのインテリアは考えていたけど自分のためのインテリアはしっかり考えられなかった。自分の家に向き合えるようになったのはここ数年かな」

ブラックを基調にした家具との馴染みの良さも考えたというフローリングは、赤みがかった濃い色が特徴的なチーク。

「定番のオークのフローリングは仕事で見飽きた感覚があって、今まで選んだことのないチークを選んでみました。全体のテイストも最初は数年前流行っていたジャパンディにしたいと思っていたんだけど、長く住むことを考えると飽きちゃうかなって辞めたんです」

実はこの家、手洗い・洗面が4カ所も。「ちょっとつくりすぎちゃったかも」と笑うが「廊下に洗面は使い勝手が良い」とのこと。

「選んでいる照明は昔からあるもので見慣れてはいるけど、もう飽きないだろうなって感覚があるんです。仕事で色々なものを見てきたからこそ、流行りとかではなく本当にいいと思えるものにしっかりとお金をかけようと思えるようになったかな。すごく感覚的なんだけどね」

キッチンの隅にアンドトラディションのフラワーポットを。夜中もつけておくことが多いという。

リビングには、ポール・ヘニングセンのペンダントライトとフロスのブラケットライト。どちらも光源が見えないデザインでお気に入り。

北欧テイストにしようと決めていたのではなく、長く好きでいられるものを集めたら自ずとヨーロッパのデザインが多かった。そんな「飽きずに長く好きでいられる家にしたい」という思いは間取りや家のつくりにも。

「玄関は、前のマンションが狭くて使いにくかったのであえてゆったりと広めにしました。お客様動線と自分たちの動線を分けるのが流行っていて、それもいいなと思ったけど、いつ来るかわからないお客さんのための動線より長く住む自分たちがいいと思えるようにしたくて」

幅は約2.3m。キャビネットも大容量でストレスなく過ごせることを重要視。

玄関も廊下も広くゆったりと。自分たちが自分の家が心地よいと思えることを優先しました。

玄関から続くホール。左の壁はコートや子どもの学校で使うものなどがたっぷり入る収納。

「平屋にしたのも、年をとったら2階は使わなくなるだろうなと思って、長く住んだ時のことを考えました。子どもは2階が欲しいみたいだったから、一部を勾配天井にして子ども部屋にだけロフトをつけたんです」

子どもが生まれた年に植えたオリーブの木。「もう7年経ったのか。大きくなったな〜」としみじみ。

話を聞いていると、自分の意思をしっかりと持って貫いてきたように感じますが、家の外観は当初思い描いていたものとは違ったものになりました。

「ハウスメーカーの設計さんの話を聞いて自分の考えが変わった部分もありました。例えば見た目重視で軒はいらないと思っていたけど、機能的なメリットも教えてもらってやっぱりつけることにしたり。そうやって自分の気持ちは変わっていくということを受け止めた上で、できるだけ長く好きでいられることを軸に、そこだけはブラさないように考えていきました」

景観を邪魔しない程度に日差しをコントロールしつつ外壁を守ってくれる軒。

飽きようがない自然と隣り合わせの暮らし

家の周辺の林も実家や大迫が所有する土地。やれることは山ほどあります。

林の中から枝を拾ってきて、気軽に焚き火やBBQを楽しんでいるそう。

「まずは寝室からの景色をもっと整えたい。芝生を増やしたり、低い木を植えて生垣をつくったり、家庭菜園もしたい!でも、抜いても抜いても雑草が増えたり虫が多かったり、土地代はかからなくても大変」と早速都心での暮らしとのギャップに翻弄されているそう。

「困っちゃうよ」と言いつつも、楽しげなのが印象的でした。

「20代で建てたのと、今40代になって建てた家を考えると、選ぶものもかなり違っていたと思うんです。流行りに流されたりとか。年を経て思考が落ち着いた今、家づくりができて良かったし、もうブレないと思う」

色々なものを見てきた大迫が長く愛せるようにつくり込んだ家。その一歩外には常に変わっていく自然があります。幼少期に遊んでいたこの自然こそが、今後の暮らしを飽きさせないスパイスになっていくのかもしれません。

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テキスト:庄司