What’s“ホット”?
鋳物のようなざらりとした肌触り、手作業で磨きをかけたような所々くぐもった表情を持つこの素材は、ステンレスの「ホット材」……?
あまり耳馴染みのない言葉かもしれませんが、結論から言ってしまうとHOT/COOLのホットです。
ステンレスは熱を加えて伸ばすホット材や、更に冷やして伸ばすクール材など、用途によって製造方法が異なります。それが名前の由来となっていて、中でもホット材は一番はじめの製造工程であることからNo.1材なんて呼び名もあるんだそう。
普段私たちが出会うのは、磨き加工などの仕上げが施されたステンレス。ホット材はそのまま流通すること自体少ないため、お目にかかる機会はそうそうないと思います。
かくいう私もその一人で、いつも独自の視点で提案をくれる開発パートナーから「面白いもの見つけたんで」と、ある日突然送られてきたことがきっかけで、ホット材を素材として使えることを知ったのです。
ずっしりと厚みのあるフラットバーの量感に、白濁したテクスチャー……身近なステンレスでも全く別物の顔をしたこの塊を空間づくりに使うのなら。
なんだか凄いことになりそうだぞ!とまるで近所の草むらで新種の虫でも見つけたかのような高揚感を感じたのです。
そのままの姿でいて
一目見た次の瞬間には、もう手摺にしか見えてこない。形状も質感も、一番素直な形で表現できるのはこれしかないだろうと、階段手摺をつくることに決めました。
普通はまずつくるものがあって、適した素材を選定してプロダクトが生まれてくるものだと思うのですが、今回は真逆のアプローチ。でも、出会ってしまったからには仕方がないというか、ホット材を手元に置いた瞬間にあまりにも手摺として形にしてみたくなった。それだけこの素材には、惹きつける何かがありました。
肉厚な手摺棒の迫力を損なわないよう、ブラケットは9mm厚のステンレス板から切り出してつくりました。奥行きを手摺棒と同じ寸法に揃えることで、ブツっと切り出したようなフォルムに仕立てています。
また、ソリッド感を出したかったので、エッジに大きなRをつけず、ほぼピン角な見た目に。端部は角が刺さって痛くないよう、最小限に整えてはいますが、この直角・直線具合が然るべき緊張感を与えてくれるような気がします。
ウルトラ「重」
中は空洞ではなく、しっかりステンレスが詰まってますのでそれなりに重いです。鈍器かってくらいに。
もちろん、ただ重いだけじゃなくて、良いところもあります。それは、強度が抜群でたわみにくいこと。そのため、支えるブラケットの数を少なく、取り付けるピッチも広くすることができました。
手摺棒の厚み9mmでも強度は十分なのですが、開発を進める中で「もっと厚いのものもある」と見せてもらった12mmのフラットバー。その分厚さのインパクトがどうしても忘れられず、ラインナップに加えることに。
衝動のまま仲間入りさせた12mmでしたが、最大サイズの3,800mmで試してみたところ、強度に大きな違いがありました。9mmは支えるブラケットが4つ必要なのに対して、12mmは3つで持たせることが可能に。
特に長いサイズでつくる時や壁に囲われた階段室では、ブラケットの繰り返しは気になるところ。
外階段や吹き抜けに設けたリビング階段など、広い空間の中ではぜひ12mmもご検討ください。スーッと一本線が伸びていくような見栄えを感じていただけると思います。
シルバーが必要になる時
ここまで物自体に寄って見てきましたが、最後に視野を広げて階段空間に合わせてみて感じたことも少し。
直感的に手摺として形にした「ステンレスの手摺」。「シルバーだからどんな空間でも似合うだろう」と構えていましたが、実際に空間に入ってみて、その直感は間違っていなかったと確信に変わりました。
同じ色味や素材が合わさりぼやっとしてしまうところに入れれば、メリハリの効いた印象になるし、逆に主張の強い色柄の中ではその対比を和らげてくれる。例えるならば、トップスとボトムスの間にインナーの裾を覗かせるとまとまりが良くなるような、あの感じに似ています。
階段の中で手摺が占める面積はごくわずかですが、それでも「ステンレスの手摺」が持つ鈍い白銀のアクセントは、空間の仲裁役として大きな役目を果たしてくれると思います。
「ブラックやホワイトではコントラストが強くて背景から浮いてしまう」「だからかといって同色で壁に溶け込ませるのもしっくりこない」そんなシルバーが必要な時には「ステンレスの手摺」がそのポジションを射止めることを期待しています。