お家にお邪魔してまず最初に感動するのは、44.5平米という決して広くはないコンパクトな空間にも関わらず、こぢんまりとした印象を感じさせない、奥行きを感じる間取りです。
「なるべく視線の先の開口部をみてもらえるように」という狙いから、ダイニングからキッチンを挟みリビングまで、スーッと視界が抜けるよう計画されたのだそう。
視界の抜けを作るために行ったキッチンの工夫。実は石村邸には、キッチンに必ずあるべき「アレ」が無いんです。皆さん、お気づきになったでしょうか?
正解は、「レンジフード」。コンロの上に必ずと言っていいほど設置されているレンジフードがなんと石村邸にはありません。
レンジフード無くてもいいの?と驚かれた方もいるかと思いますが、その答えはリビングにありました。石村邸では、このリビングの壁面に設けられた「有圧換気扇」で空気に圧力をかけることで、空気を一定に流し循環させています。
「レンジフードをつけることで、視界が遮られてしまうのが嫌で。レンジフードがあると、キッチン然とした感じが強調されてしまうなとも思って。家具のような雰囲気にしたかったんですよね」
石村邸のマテリアルには、何かしらのヒトとモノとのストーリーが潜んでいると冒頭で触れましたが、その代表とも言えるのが、このLDKの白い壁。
実は、施工当時、ウッドショックの影響で想定していた仕様で工事をすることが叶わなかったのだそう。急遽、近所の左官屋さんに相談した結果生まれたのが、液状に石灰を溶かしたクリームを塗り重ね、磨きあげた質感のあるこちらの壁。
予算的な制限から職人が全てを仕上げることが難しく、石村さん自身が施工をすることになっていたため、素人でも味が出るようにとムラが生きる施工方法を考えてくれたものなのだそう。
石村さんと職人さん、そして施工当時の状況が相まって生み出された偶然の産物です。
そんな質感のある壁に合わせたのは、土ものの素朴な質感を持つ『古窯70角タイル』のパールホワイト。
採用に至った理由は、「スイッチ・コンセントプレートのサイズとぴったりだったから」。同じサイズのタイルを探すもなかなか見つけられずにいたところ、toolboxのサイトで見つけ、即採用だったと言います。
プレートの四方をコーキングして納めるため、点検する際にはコーキングを打ち直す必要がありますが、事前にお客様の了承が取れていれば、こんな納め方もユニークで面白いですよね。
ダイニングテーブルも、この家のために知り合いの職人さんに製作いただいたものなのだそう。長方形のまま購入した『フリーカット無垢材』を知り合いのサイン屋さんのマシンで加工、3本脚のステンレス製のテーブル脚も合わせて製作いただいたそうです。
半円にすることで、短い長さながら4〜5人で座ることができます。
もう一つ、石村邸で特徴的なのは、照明がほとんどついていない何もない天井です。
「電気で間取りが決まっちゃうじゃないですか。だから、照明の位置を決めたくなかったんですよね」。上部の棚奥に数箇所電気を用意しているため、必要な時に自由な位置に照明を取り付けられるようにしているそうです。
また電気の灯り方にも職人さんの技術が光ります。照明のスイッチを入れた瞬間にピカっと明るくなるのではなく、じんわりなめらかにフェードしていくんです。人工物を感じさせない有機的な灯り方に、心もゆるりと和みます。
明るいリビングダイニングの動線と、ひっそりとした裏路地を思わせる洗面・浴室から寝室に続くプライベートの動線。
視界を遮らないように中央のコアに設備を納めたつくりのおかげで、表も裏も奥まで視界が抜けるため、平米数以上の空間の広がりを感じます。
「家を作る上でこだわっていることは?」という問いに石村さんは、「基本的に職人さんと話し合って、お互いが納得したことをやるように心がけています。これをやって、あれをやってと指示するだけのコミュニケーションの方が簡単ですが、それだと自分の考えだけで終わってしまうし、職人さんの方が作ることにおいて設計者より知識があります。施工をする人たちと共有しながら空間の価値や考えを広げることで、選択肢がどんどん増えていくんですよね」
職人さんと対等ないい関係を作られていることが、この言葉に凝縮されている気がします。
住んでからも思いつくまま実験しているため、日々変わり続けていますと笑う石村さん。つくづく家づくりに「正解」はないと考えさせられる、住まい手、設計者、職人、それぞれの知恵が融合された素敵なお家の事例でした。
Ishimura+Neichi|石村大輔 + 根市拓
石村大輔と根市拓により2017年に設立された、東京・千住を拠点に活動する建築のデザインスタジオです。建築の設計をはじめ、インテリアや展覧会の会場構成、プロダクトや家具のデザインまで活動は多岐に渡り、職人の叡智や技術の蓄積の中で生まれる実直なデザインや素材や構法へ関心を持ちながら、日々の設計に取り組まれています。